27 それは無い!
「そ、そうよね……幾ら小規模部活棟が変人の巣窟でも……」
弁解というよりは自分に言い聞かせるかの様な口調で、絵里は言葉を続ける。
「学校内でSMプレイなんて、する訳無いよね……」
絵里が口にした「SM」という言葉を聞いて、数日前にエドナの夢世界で経験した、悪夢の様なSMプレイの事を、慧夢は思い出してしまう。
そして、気分が悪くなった慧夢は、絵里に猛然と食って掛かる。
「あと、俺の前でSMという言葉を使うなっ! 二度と使うなっ! 金輪際その邪悪で汚れたSMという言葉を、俺の耳に入れるな!」
「え、あ……うん、分かったよ! 良く分からないけど、夢占君がSMに、何かトラウマがあるっぽいのは、何となく分かったから、もう言わないよ」
「いや、言った! 今言った! もう言わないとか言いながら、その直前に言った……SMという汚らわしい言葉を、その口で俺に言った! わざと言った! お前もあれか、男に自分の唾液とか聖○とか飲ませ……ぐあっ!」
興奮しながら、絵里に食ってかかっていた慧夢の声が、苦しげな声と共に途切れる。
SMという言葉にトラウマを刺激され、自分を見失っていた慧夢の頭を、部外者である絵里が現れたので興奮が収まったのか、突くのを止めていた五月が、フランスパンでぶん殴ったのだ。
「あれ? 俺は一体……何を?」
殴られて冷静さを取り戻したのか、呆然とした顔で呟く慧夢を、呆れ顔で一瞥してから、五月は呆気にとられている絵里に、声をかける。
慧夢相手にエキサイトしていた姿を、絵里に見られたのが恥ずかしかったのか、五月は微妙に頬を染めていた。
「珍しいじゃない、絵里が小規模部活棟に来るなんて」
五月に声をかけられ、絵里も冷静さを取り戻し、言葉を返す。
「あ……そうだ、私……夢占君に用があったんだ」
放課後、慧夢に用があった絵里は、演劇部の活動に向う前に、小規模部活棟を訪れた。
だが、殆ど訪れた事が無い小規模部活動の勝手が分からず、慧夢を探し出すのに手間取り、今……ようやく慧夢のいる部屋に辿り着いたのだ。
小規模部活棟を活動の場とする部の人間は、他の部に頻繁に参加する上、どの教室で活動するか、その日の気分で決めたりする。
故に、小規模部活棟に慣れていない絵里が、携帯の連絡先などを知らない慧夢を、小規模部活棟で探すのは、割と手間取る事だったのである(フランスパンを買いに、慧夢が一時的に校外に出ていたせいもあるのだが)。
「慧夢に話? 絵里が?」
五月は不思議そうな顔をする。
五月の認識では慧夢と絵里の間には、クラスメートである以外に、殆ど何の接点も無かったからだ。
(参ったな、声までかけてくるとは……完全に疑ってやがる)
慧夢の方には、心当たりがあった。
しかも慧夢にとっては、余り有り難くない用なのは、予想がついているのだ。
(ま、惚けてやり過ごすしか、ないんだろうけど……)
これまで疑惑を抱かれた際と同じ、「惚ける」という対処法を、慧夢はするつもりではある。
だが、それと同時に夢で見た、絵里と志月のやり取りが、慧夢は気になってもいた。
兄を失ってから、学校を休み続けている志月に関して流れる、志月は永眠病なのだという噂。
その噂を裏付けるかの様な、チルドニュクスを志月が飲んだ場面を、演劇風に見せた絵里の夢の内容……。
夢の内容が事実なのかどうか、慧夢は知りたかったのだ。
「――時間、あるかな?」
だからこそ、そう絵里に問われた慧夢は即答した。
「あるけど」
「じゃあ、ちょっと……場所変えて、話さない?」
慧夢は頷くと、五月に声をかける。
「長くはならないだろうから、ちょっと待ってて」
「それはいいけど……まさか、告白とか?」
驚きの表情を浮かべて訊ねる五月に、慧夢と絵里は声を揃えて言い放つ。
「それは無い!」
× × ×