26 私、あんまり……そういう方面については詳しく無いんだけど……
「――えらい堅いね、このフランスパン」
軽くフランスパンを叩いてみて、コンコンという良い音を耳にした五月は、食べ物では無い得体の知れない何かを見る様な目で、フランスパンを見た。
「堅いだろ、噛んだら歯が折れそうになるんだ、あのパン屋のフランスパン。隣の煎餅屋の固焼き煎餅と、堅さを競ってるらしくて」
「そういう客の健康を損なう方向性での、不毛な競争は……誰か止めた方が良いんじゃないかな」
「ま、そんな訳で……食べるには向かないが、武器として使うには、ベストといえるフランスパンと言える訳だから、さっそく試してみようじゃないか!」
「何か色んな意味で、世の中間違ってる気がするが……」
「俺が暴漢役やるんで、さっきやって見せた感じで、撃退してみてくれ」
五月は頷くと、フランスパンをサーベルの様に持ち、慧夢がやって見せた動きを、何度か素振りというより、素突きをして確認する。
そして慧夢に手渡されたパン屋の袋に、フランスパンを挿し込むと、袋を抱えて持つ。
「――じゃ、パン屋からの買い物帰りの、女子高生という設定で」
教室の中を歩き回り始めた五月の後ろに、慧夢は回り込むと、昔のコントに出て来る変態風の、胡散臭い動きで五月の後をつけながら、声をかける。
「へっへっへっ、そこのお嬢さん! おじさんといい事しなーい?」
「――それ、暴漢というより、変態な気が……」
そう言いながら、五月は振り向き様に、袋の中から抜刀するかの如き動きで、フランスパンを引き抜く。
「オンガルドっ!」
威勢良く声を上げながら、フランスパンをサーベル風に右手で持ち、五月は身構える。
「ファンデヴー!」
そして、一歩前に踏み出しつつ、五月はフランスパンの先端で、慧夢を突く。
「痛っ!」
木の様に堅いフランスパンの先端が胸に当たり、苦痛を訴える慧夢に、五月は更に追撃を加える。
「ファンデヴー! ファンデヴー! ファンデヴーッ!」
「痛ッ! 痛い! いやマジ痛いって!」
三連続でフランスパンの先端が、腕や胸……頬などに辺り、慧夢は情けない声を上げながら、後ろに飛び退く。
痛かったので、とりあえず後ろに逃げてみた感じ。
「マルシェ! ファンデヴー! ファンデヴーッ!」
だが、五月は後を追う様に一歩前進すると、二階連続でフランスパンで突く。
「痛い、痛いって! もう結構痛いの分かったから、とりあえず試すの終りっ!」
苦痛に耐えかねて、慧夢は中止を宣言するが、五月は妙なスイッチが入ってしまったのか、興奮気味であり、慧夢を突くのを止めない。
「ファンデヴー! ファンデヴー! ファンデヴーッ!」
「いや、だからもう終りだって! 痛いから止めろってば!」
怯えた様な声を上げながら、慧夢は堪らず教室の隅に向って逃げ出す。
「ボンナバン! バレストラッ!」
五月は二度、大きく跳んで前進して追いかけてから、伸ばした右手の先のフランスパンで、慧夢を突く。
更に教室の隅に追い詰めた慧夢に、追撃を加える。
「ファンデヴー! ファンデヴー! ファンデヴーッ!」
「痛い! 痛いっ! 痛いって! マジ痛いから止めてって!」
興奮気味の五月に、フランスパンの先端で突かれまくり、慧夢は情けない声を上げつつ目の前にある出入口のドアに手を伸ばし、開けようとする。
教室の外に逃れる為に。
だが、慧夢の手が木製のドアに届く前に、ドアが勝手に開く。
そして、ドアが開いて姿を現したのは、セーラー服姿の絵里。
五月が妙にエキサイトして、情けない顔の慧夢をフランスパンで突きまくっている、得体の知れない光景を目にした絵里は、「この頭が残念な人達は、一体何をやっているんだろう?」とでも思っているかの様な、戸惑いの表情を浮かべる。
そして、考えた挙句、自分の中で答が出たらしく、絵里は口を開く。
「――私、あんまり……そういう方面については詳しく無いんだけど……」
少し恥ずかしそうに、頬を染めながら、絵里は続ける。
「フランスパンを使った、SMプレイ?」
「違うわっ! フランスパンを使った、創作護身術だっ!」
語気を荒げ、慧夢は抗議する。