25 幾ら堅いと言っても、フランスパンでテロリストや強盗と戦って勝てるのは、香港映画のアクションスターか、元軍人のコックくらいだよ
「マルシェ(前進)!」
そう言いながら、慧夢は右足を前に、身体を横向きにして前に進む。
「ロンペ(後退)!」
慧夢は逆に、左足から後ろに下がる。
「ボンナバン(跳んで前進)! ボンナリエル(跳んで後退)!」
ジャンプして大きく一歩前進したかと思うと、すぐに慧夢はジャンプして後退する。
「アロンジェブラ(腕を前に向けろ)!」
右手に持つ棒状の物を、慧夢は進行方向に突き出す。
あたかも、その棒状の物が、サーベルでもあるかの様に。
「ファンデヴー(前に出て攻撃)!」
声を出しながら、慧夢は右足を一歩前に出しつつ、右手に持つ棒状の物で、前方を突く動きを見せ、また右足を引いて元の位置に戻る。
「オンガルド(構え)!」
前に突き出していた右腕を戻し、慧夢は基本的な構えに戻る。
「バレストラ!」
ボンナバンからアロンジェブラ、ファンデブー……そして、オンガルドと、慧夢は一連の動作を素早く繋げて行う。
要は構えから、一歩前に跳んでから右手を前に突き出し、突いて攻撃する動作を見せてから、また素早く構えに戻るという感じ。
そして、バレストラまでをやって見せた上で、慧夢は近くで見ていた五月に、語りかける。
「――とまぁ、基本的な動きは……こんな感じだ」
時は放課後、場所は小規模部活棟の一室。
床や窓枠、壁に至るまで……木製の部分が多い、古びた旧校舎を利用している、小規模部活棟の教室内。
机や椅子が持ち出されていて、身体を動かし易い教室に、二人はいるのだ。
「要するに、武器は違えども、動きはフェンシングの基本的な動き、そのまんまね」
慧夢がやって見せた動きを、そう五月は表現する。
「まぁ、昨日の夜……フェンシングのネット動画見て、覚えた動きだからな。動きがフェンシングそのままなのは、当たり前といえば当たり前だ」
「でも、何でフェンシング?」
「剣道でも良かったんだけど、幾ら堅いといっても、殴るのに使ったら折れそうなんで、突きメインにした方がいいかなーと思ってさ」
「突きがメインだから、フェンシングをパクってみたと?」
五月の問いに、慧夢は頷く。
「――という訳で、さっそく試してみようじゃないか、我が創作護身術部が新たに開発した、新護身術……フランスパン護身術を!」
そう言いながら、慧夢はフェンシングのサーベル風に、右手で持っていたフランスパンを、五月に差し出す。
放課後になった直後、慧夢が学校の近くのパン屋に行って買って来た、長さ七十センチ程の、まだ美味しそうなバターの匂いがするフランスパンだ。
先程から、慧夢はずーっと、このフランスパンを手にして、フェンシングの基本動作を行い、五月に見せていたのである。
以前、BLM研究部の活動を、慧夢が手伝っていた時とは逆に、今回は五月が創作護身術部の活動を、手伝っているのだ。
ちなみに、BLM研究部に所属する他の部員達も、普段小規模部活棟で活動する、他の部の友人に原稿を手伝って貰っていたので、今日は逆に友達の部を、小規模部活棟の他の教室で手伝っている。
「今更……突っ込むのも何だけど、フランスパン護身術なんて、役に立つ機会あるの?」
呆れ顔で、五月は慧夢に問いかける。
「スーパーやパン屋でフランスパンを買った帰りに、変態に襲われた時とか、役に立つじゃないか」
しれっとした口調で、慧夢は続ける。
「それに、スーパーとかで強盗やテロリストと遭遇した時にも、役に立つな。パン売り場を探すだけで、そこでフランスパンという強力な武器を手に入れ、強盗やテロリストと戦えるんだから」
「幾ら堅いと言っても、フランスパンでテロリストや強盗と戦って勝てるのは、香港映画のアクションスターか、元軍人のコックくらいだよ」
「元軍人のコックが、厨房で手に入れたフランスパンを手にして、豪華客船を乗っ取ったテロリスト共相手に無双する、『沈○のフランスパン』か……」
慧夢はフランスパンを手にして、テロリストと戦う様な動きを、五月に見せる。
「フランスパン護身術がメジャーになったら、そんな映画が作られて、テレビ東○の午後の○ードショーで流されるかもしれないな」
そう言いながら、慧夢はフランスパンを五月に差し出す。
「いくら『沈○』のネタが切れても、そこまで酷い映画作る訳ないって!」
五月は慧夢に突っ込みを入れながらも、フランスパンを受け取る。