24 そういえば、目とか……どことなく猫っぽいな。杉山って、結構しつこい性格なのかも……
ふと、絵里の様子が気になったので、確認したいという欲望に駆られる。
でも、その欲望は、少しの間……押さえ込まなければならない。
教室で居眠りをしてしまい、うっかりクラスメートの夢世界に吸い込まれた場合、目覚めた後……相手の事が気になるのは、慧夢だけではない。
慧夢が夢に出て来たクラスメートの方も、それは同じ。
故に、気になった慧夢が、夢世界の主だったクラスメートの方に目をやると、クラスメートの方も慧夢の方を見ていて、不自然に目線が合ってしまいがちなのだ。
そうなると、クラスメートの方は、僅かではあっても、疑惑を持つ可能性がある。
付き合いが長い分、繰り返し……慧夢がうっかり、夢世界に吸い込まれた回数が多い、五月が口にする話。
「夢占慧夢は他人の夢の中に入り込める」という、常識的には信じ難い話が、実は真実なのではないかという疑惑が。
五月同様、数多く慧夢に夢の中に入られている素似合ですら、冗談で慧夢に対し、「僕の夢の中に入ってくるんじゃない」などと言ったりはする。
でも、半信半疑……つまり半分程度は、慧夢が夢の中に入り込めると信じている五月とは違い、流石に素似合は、そんな事が有り得るなどと、殆ど信じてはいない。
常識的には、他人の夢の中に入れる人間などいる筈がないので、五月の様な例外を除けば、そんな事を冗談以外で、口に出して言い始める者はいない。
それでも、夢の中で慧夢に出会った直後に、慧夢と目が合ってしまうと、勘の良い者は何かを察し、疑惑を抱いてしまう場合がある。
その勘の良い者の代表が、他ならぬ五月だ。
小学校時代、五月は夢の中で慧夢と出会った直後、現実世界で目が合うという経験を、何度か繰り返した後、疑惑を抱いたのだ。
「私が夢で慧夢に会った後、慧夢が気になって慧夢を見る……。それと同じで、慧夢も夢で私に会ったから、私が気になって私を見たので、夢で慧夢と会ってから起きると、慧夢と私は目が合うんじゃないかな?」
五月の抱いた疑惑は、正しかった。
特殊能力者が出て来る、マンガやアニメが大好きだった五月は、更に疑惑を発展させ、「夢占慧夢は他人の夢の中に入り込める」特殊能力者だという真実に、辿り着いてしまったのである。
真実に辿り着いた五月本人ですら、半信半疑で口にする、「夢占慧夢は他人の夢の中に入り込める」という真実は、普通なら誰も信じない。
でも、五月が真実に辿り着く切っ掛けとなった、夢の中で慧夢と出会い……目覚めた直後に、慧夢と目が合う経験をした者は、「夢占慧夢は他人の夢の中に入り込める」という話が、真実なのではないかという疑惑を、抱いてしまいがちなのだ。
慧夢は過去に、教室での居眠りの後などに、入り込んでいた夢世界の主だったクラスメートと目が合ってしまい、疑惑を抱かれた事が何度もあった。
その度に、慧夢は割りと面倒な目に遭っていたのである。
故に、夢世界から戻った後、慧夢は疑惑を抱かれるのを避ける為、すぐには夢世界の主だった人を、見ないようにしているのだ。
少し間を置いてから見るだけで、殆ど目線を合わせる事は無くなるので、慧夢は今回も絵里の様子を確認したいという欲望を抑え、少し間を置く事にする。
そして、五分程が過ぎた頃合、慧夢は心の中で呟く。
(――もう、流石に大丈夫だろ)
幾らなんでも、五分も過ぎてしまえば、授業中で他に気にしなければならない事も多いのだし、絵里の意識や目線は、既に自分には向いていないだろうと、慧夢は判断した。
絵里の様子を確認したいという欲望を抑えるのを止め、視界を遮る素似合の身体を避ける為に、身体を少し前に倒して、慧夢は絵里の様子を確認する。
(!!)
慧夢は驚き、自分が失敗したのを自覚する。
目線の先にいる絵里が、慧夢同様に身体を少し前に倒した上で、机に肘をつき、疑惑の目線を自分に向けているのを、慧夢は目にした……要するに、絵里と目線が合ってしまったのだ。
鼠の気配を察した猫が、鼠が姿を現すまで、その場を動かずに待ち構え続ける……。
そんな風に、しつこく獲物を待ち続けていた、前に飼っていた猫の姿を、慧夢は思い浮かべる。
(そういえば、目とか……どことなく猫っぽいな。杉山って、結構しつこい性格なのかも……)
心の中で呟きながら、慧夢は偶然、目線が合っただけである風を装いながら、目線を絵里から外し、黒板に向ける。
絵里が五月とは違い、超常現象を信じない常識人であってくれる事を祈りながら、午後の気だるい雰囲気の教室で、英語の授業を受け続ける。
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