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231 興味あるな、俺が出て来たのって、どんな夢?

「――フリーズしちゃったのなら、リセットボタン押そうか?」


 自分の席に左向きに座りながら、更に身体を左に捻り、志月を見上げていた五月が、冗談めかした口調で訊ねる。

 志津子と友達になったのを認めた、慧夢の発言を聞いてから、十秒程……無言で硬直していた志月を目にして、パソコンやゲーム機の「フリーズ」に、五月は例えたのだ。


 会話の途中で、押し寄せる様に頭に甦った、志津子との会話の記憶や、志津子と慧夢に関する疑念に、意識が捉われてしまった志月は、呆然とした表情を浮かべたまま、硬直していたのである。

 五月に問いかけられ、我に返った志月は、目線を慧夢から五月に移す。


 直前まで、「慧夢が夢に出て来た理由」について、思い耽っていたせいだろう。

 以前、五月が口にしていた、「慧夢が夢に出て来た理由」に関する発言を、志月は思い出す。


「――だから、前から言ってるじゃない! 慧夢は人の夢の中に入り込める、特殊能力の持ち主なんだって!」


 クラスの誰かが、夢に慧夢が出て来たという趣旨の話をする度に、五月が同様の話をしていたのを、志月は覚えていた。

 そんな五月の話を、志月は他の生徒達と同じく、冗談だと受け取っていた。


 人の夢の中に入れる人間などいる訳が無い……というのが、常識的な人間である、志月の考えだったのだ。

 その考えは、今でも基本的には変わっていない。


 だが、担当医であった志津子が、「慧夢が夢に出て来た理由」について、何かを隠しているらしい事と、慧夢と交友を深めている事が、志月の考えを揺るがせる。

 その結果、普段なら決して口にしないだろう問いを、志月は口にしてしまう。


「――拝島さんが、良く言ってる事なんだけど……」


 志月は目線を、五月から慧夢に移す。


「夢占君って、人の夢の中に入れるの?」


 真顔の志月に尋ねられ、慧夢は驚くが、夢に入ったクラスメートから、その問いをぶつけられるのは、珍しい事ではない。

 慣れているので、平静を装える慧夢は、驚きを表に出したりはしない。


 むしろ、真実を知る素似合と五月、伽耶の方が……不自然に表情を、硬直させる羽目になった。

 何時の間にか、志月の左後ろに姿を現していた、真実を知りはしないが、今の志月と同じ疑問を抱いていた絵里は、驚きの表情を浮かべていた。


 志月と慧夢が衝突しそうなら、止めに入るつもりで、絵里は志月の近くに来ていたのだ。

 衝突する様子が無いので、絵里は志月の左後ろで立ち止まったまま、会話を聞いていた。


「入れる訳無いじゃん、漫画やアニメやラノベじゃないんだから」


 普段通りの答を、慧夢は気楽な口調で返す。

 五月以外の全ての人間に、疑惑すら持たれる事なく騙し切って来た、完全な応答。


 そんな慧夢の表情を見詰め、志月は真意を探ろうとする。

 でも、慧夢の偽装は完璧であり、志月は慧夢の表情に、何ら不審な要素を見出せはしない。


「籠宮さんが、そんな事訊くとか、意外だね。ひょっとしたら、俺が夢に出て来たの?」


 冗談めかした口調で慧夢に問われ、志月は頷く。

 呼び捨てではなく、慧夢に「さん」付けで呼ばれた事に、違和感を覚える自分を、不思議に思いながら。


「興味あるな、俺が出て来たのって、どんな夢?」


 慧夢は続けて、志月に問いかける。

 ただでさえ夢の内容は、忘れてしまい易いのに、既に一日以上が過ぎているので、志月が夢の内容を覚えている訳がないと、慧夢は考えているのだが、一応は確認しておこうとしたのだ。


「どんな夢だったかは、全然覚えてないんだ。ただ……兄さんと夢占君が、出て来た様な気はするのよね……」


 志月の返答を聞いて、予想通りとはいえ、慧夢は安堵する。


「籠宮……学校休む少し前に、慧夢に色々と酷い事言われてたから、それが印象に残っていたせいで、慧夢が夢に出て来たんじゃない?」


 如何にも軽口といった風な口調で、素似合が志月に訊ねる。

 真実を知る素似合は、慧夢が夢に出て来た別の理由を提示し、志月を真実から遠ざけようとしたのだ。


 志月相手の問いかけだったのだが、それを聞いた慧夢の頭に、口論の際……というよりは、口論の後に覚えた後悔が甦る。

 反論の域を超えて、明らかに言い過ぎたのを自覚した時の、苦い記憶。


 悪癖が出てしまったのを、慧夢は後悔していたし、言い過ぎた相手である志月に、罪悪感も覚えていた。

 心に甦った後悔と罪悪感が、慧夢に口を開かせる。


「――あの時は悪かったな、言い過ぎた」


 自分でも意外さを覚える程に、自然と謝罪の言葉が、慧夢の口を吐いて出る。


「昔から口が悪いんで、自分でも気をつける様にはしてるんだけど、それでも言い過ぎる事が多いんだ。嫌な思いをしただろ……ごめんね」


 やや気まずそうに微笑みながら、一礼する慧夢を見て、五月と素似合……そして伽耶の三人は、驚きの表情を浮かべる。

 慧夢が口の悪さを暴走させたのを、三人は過去に何度も目にしていたのだが、言葉で傷付けた相手に対し、慧夢が素直に謝ったのを目にしたのは、初めてだったのだ。


 揉めた相手に謝れる様な素直さは、以前の慧夢には無かったのである。

 言い過ぎたのを後悔したり、反省したりする姿を、親しい三人に見せる場合はあっても。


 それを知る三人だからこそ、驚きながらも気付けたのだ、慧夢が変わり始めている事に。

 罪悪感を覚えたのなら、素直に謝れるだけの強さと自信を、慧夢が持ち始めた事を、三人は悟ったのだ。


 自分の間違いを認めるには勇気が要るし、自分が悪いのを認めた上でも、自分の価値を信じ続けられる自信も要る。

 以前は持っていなかったレベルの勇気と自信を、今は持っているからこそ、悪いと思った事について、慧夢は素直に謝れるのである。


 命懸けで人を助けるべく行動を起こし、慧夢は勇気を得た。

 人の命を救うという成果を為し、慧夢は自信を得た。


 黒き夢から、志月を救う事を通じて、慧夢は変わった……成長したのだ。

 僅かな人だけが気付いた、小さな成長ではあるのだが。




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