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230 休んでたせいで、お礼言うのが遅くなったけど……有り難う

 基本は殆ど関わらないが、志月が休み始める少し前、慧夢と激しい口論をして、教室内が険悪な雰囲気になった事を、生徒達は皆覚えていた。

 故に、志月が慧夢に歩み寄っているのに気付いて、ざわついたのである。


 教室内の空気が張り詰める中、志月は慧夢の席の右後ろ、まだ窓際にいる素似合の席の後ろで立ち止まった。

 緊張を解こうとしているかの様に、長い黒髪を指先で弄りつつ、志月は慧夢に声をかける。


「――おはよう」


 志月の意図が読めず、慧夢は心の中で戸惑う。

 でも、それを表情には出さず、椅子に座ったまま右後ろを向くと、慧夢は志月を見上げて挨拶を返す。


「おはよう」


 何時の間にか、ざわつきは静まっている。

 教室内にいる者達は皆、二人を注視しつつ、聞き耳を立てているので。


 そんな空気の中、志月は出し抜けに、本題を切り出す。


「夢占君、父を助けてくれたんだってね」


(何だ、その事か)


 志月が自分に声をかけて来た理由を知り、慧夢は安堵する。

 理由が分かってしまえば、慧夢には戸惑う必要が無いからだ。


「休んでたせいで、お礼言うのが遅くなったけど……有り難う」


 礼の言葉を口にすると、深々と一礼する。


「いや、あの……大げさだって」


 既に散々、志津子に礼を言われた後なので、更に礼を言われるのは、慧夢には大袈裟過ぎる様に思えたのだ。


「俺は偶然、倒れてる道を通りがかって、救急車呼んだだけだから」


 志月は顔を上げて、慧夢に言葉を返す。


「――それでも、夢占君のお陰で、父の事故が大事おおごとにならずに済んだのは、事実だから。今度改めて、何かちゃんとお礼をさせて貰わないと」


 慧夢と志月の会話が、どうやら険悪な口論に発展するたぐいではないのを、聞き耳を立てていた生徒達や伽耶は察し、教室内の空気は緩む。


「お礼だったら、志津子さんにして貰ったから、もう十分だよ」


 努めてやんわりとした口調で、慧夢は志月に、遠慮したい意思を伝えようとする。


「叔母さんが?」


 志月の問いに、慧夢は頷く。


「欲しかったゲームソフト、お礼に貰ったんだ」


「ソフト貰っただけじゃなくて、フレンドにもなって、一緒に遊んで貰ってるもんな」


 会話に割り込んで来た、窓枠に寄りかかっている素似合の言葉を聞いて、志月は驚きの表情を浮かべる。

 大志の事故の際、志津子が慧夢と会った事は、志津子から聞いていたので、志月は知っていた。


 でも、礼としてゲームソフトを贈った事や、その後も交友が続いている事に関しては、志津子から何も聞いていなかったので、志月は驚いたのだ。


「夢占君、叔母さんと友達になってたの?」


 志月に問われた慧夢は、やや恥ずかしげに頭を掻きつつ、答を返す。


「友達といっても、オンラインゲームの友達で、まだなったばかりだけどね」


 返答を聞いて、慧夢と志津子の交友を確認した志月の頭に、慧夢と志津子に関係する記憶が、蘇って来る。

 昨日の昼頃、志津子と交わした会話や、「夢占流についての記事」という文字が、走り書きされていた、茶封筒に関する記憶が。


 昨日の会話の時点で、志津子が慧夢に関する何かを、隠しているのではないかという疑念を、志月は抱いていた。

 疑念を抱く切っ掛けとなったのは、慧夢が夢に出て来た理由に関する会話の際、志津子が口にした言葉だった。


「どうだろう? まぁ、夢って医学的にも分かっていない事だらけだから、夢に誰かが出て来た理由なんて、気にするだけ無駄なのかもしれないね」


 志津子らしくない曖昧な言い様に、違和感を覚えた志月には、志津子が自分をはぐらかそうとしている様に、思えたのだ。

 その上、志津子が「夢占流についての記事」と走り書きされた、茶封筒を持っているのを、志月は目にしてしまった。


 自分にとって、とても重要な事が書かれている何かが、入っている様な気がした茶封筒の中身を、志月は迷いに迷った挙句、盗み見なかった。

 部屋に戻って来た志津子に、茶封筒の中身や、「夢占流」について訊いてはみたのだが、志月が懸念していた通り、答をはぐらかされてしまったのだ。


 志津子が答をはぐらかしたのは、慧夢に関する何かを、隠そうとしているから。

 そして、話の流れからして、その「何か」が、「慧夢が夢に出て来た理由」に関わる事だろうという考えに、志月は至っていた……志津子との会話を終えてから、自宅に帰る迄の間に。


 志津子との会話の後、自宅に帰った志月は、多忙な時間を過ごした。

 自宅を訪れた絵里や春香との会話、家族との団欒、久し振りの登校の準備など、病院にいた時とは違い、とても忙しい時間を過ごしていたので、志津子と慧夢に関する疑念について、志月には考える余裕が無かったのだ。


 結果、考えられぬまま放置された疑念は、志月の記憶の深層に沈みかけ、忘れ去られようとしていた。

 だが、慧夢と志津子が友人になっている事実を知らされた今、二人に関係する疑念は、否が応でも、志月の頭に甦らざるを得なかった。




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