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23 せんせー、絵里は……志月が心配過ぎて、夜……眠れないみたいだから、居眠りくらい許してあげてよ!

「それから、ずっと志月は目覚めないの、永眠病になったみたいに! おかしいでしょ、絵里はチルドニュクスが偽薬だって、ただの砂糖と小麦粉だって、ちゃんと知ってるんだよ! なのにどうして、永眠病になるの? プラシーボ効果は効かない筈なのに、何で?」


 志月がチルドニュクスを飲むのを止められなかった事に、自責の念があるのだろう。

 かなり感情が昂ぶっている絵里は、パニック状態に陥りかねないと、慧夢には思えた。


 夢の主がネガティブな感情を爆発させ、パニック状態に陥ると、面倒な事態に巻き込まれる場合がある。

 慧夢としては、それは避けたいところ。


(大雑把に状況は分かったし、そろそろ目覚めさせた方が良さそうだな)


 気になった点について問い質す為に、中断していた絵里を目覚めさせる為の行動を、慧夢は再開する。


「――ごめんな」


 素似合と違い親しくは無い相手であり、逃れたい悪夢でも無い為、夢の中だとはいえ、慧夢には多少罪悪感がある。

 その為、慧夢は謝罪の言葉を口にしてから、絵里の顔を殴ろうとしたのだが、その前に……世界が地震の様に揺れ始めた。


 地震が発生したのではない、夢世界を揺らす程の大きな声が、響き渡ったのだ。


「杉山! 起きろ、杉山!」


 聞き覚えのある、男の声だ。慧夢達のクラスでは、英語を担当する英語教師の声。


「――黄櫨はぜ先生が、杉山を起こしてるのか?」


 居眠りするまで、聞いていた教師……黄櫨壮太はぜそうたの声だったので、慧夢はそう推測する。

 夢世界の主を、外部で誰かが起こそうとした結果、こんな感じに声が響き渡るのを、慧夢は良く経験するのだ。


 声だけではない、目覚まし時計のベルなども、夢世界を揺るがす程の大きな音で、響き渡ったりする。

 他にも衝撃や振動など、寝ている人を起こす程の外部刺激は、夢世界に影響を与え得る。


 外部刺激により、夢世界の主である絵里が目覚めそうになっているせいで、夢世界が崩壊を始める。

 まずは、絵里の身体が、素似合の時と同様、カラフルな砂粒の如き微粒子に形作られていた、人形であったかの様に崩れ去って行く。


 絵里の身体……だけでなく、志月を含めた舞台上にある全ての物、そして観客席の観客達や体育館など、慧夢以外の全てが、粉々になって分解し、強風に吹き飛ばされたかの様に、消え失せてしまったのだ。


 残されたのは、幽体である慧夢のみ。

 そして、慧夢がいるのは英語の授業中だった、一年三組の教室の中だが、場所は廊下側の最後列にある、絵里の席の後ろ。


 絵里の夢世界に捕らわれていた慧夢の幽体は、絵里の近く……その背後に姿を現したのだ。


「――覚めたみたいだな」


 呟きながら、慧夢は絵里を見下ろす。

 机に伏せて居眠りしていたが、目覚めたのだろう……上体を起こして、眠たげに目を擦っている絵里の姿を。


「起きたか、杉山!」


 梅雨入り前の六月、暖かい午後の教室の教壇から、壮太が絵里に声をかける。

 グレーのスーツ姿で濃い顔立ちの、四十前後の壮健な男だ。


「珍しいな、お前みたいな真面目な奴が、居眠りなんて」


 英文の訳を誰かにやらせようとして、英語の成績が良い絵里を選んだところ、壮太は絵里が珍しく、居眠りしているのに気付いたのだ。


「せんせー、絵里は……志月が心配過ぎて、夜……眠れないみたいだから、居眠りくらい許してあげてよ!」


 志月や絵里と仲が良い、テニス部に所属するボブヘアーの女子生徒が、絵里を擁護する。


「授業中に眠れるなら、夜だって眠れるだろう。ちゃんと夜に寝てくれ。じゃあ、杉山の代わりに石原、今の部分……訳せ」


「はーい!」


 絵里を庇う発言をした、石原春香いしはらはるかは、素直に応じて立ち上がると、壮太が指定していた英文を、たどたどしくではあるが訳し始める。

 体育会系のスポーツ少女で、勉強が得意では無いのだが、親友の代わりなので頑張って、拙い訳を口にし続ける。


 そんな春香の頑張りと、普段の絵里の態度の良さから、壮太は特に絵里にペナルティを与えたりはせずに、自然に授業を再開する。


(そうだ、俺も身体に戻って、起きないと!)


 飛ぶ程の距離でもないので、慧夢は教室の廊下側から窓側に向って歩き、居眠りしている自分の肉体に触れる。

 すると、慧夢の幽体は肉体に、吸い込まれてしまう。


 数秒間……意識が途切れるが、回復した時には、慧夢の幽体と肉体は一つになった状態で、眠りから覚める。

 居眠りを教師に気付かれ、注意される前に目覚められたのに、慧夢は安堵した。


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