227 今回、チルドニュクス作り出していた妖術使い……今の言葉なら、西洋魔術の魔術師なんだろうけど、魔術使えなくなってんのかな?
人を殺せる程に、強力な呪いの術であれば、術者が死ぬ程の呪詛返しを受ける場合すらある。
それ故、術者は呪詛返しを防ぐ術を使い、備えておくのが常道なのだが、それでも呪詛返しを、完全に防ぎ切れるものでは無い。
幻夢斎が黒き夢から生還を果たした結果、西洋の妖術使いの呪いの妖術は、破られてしまっていた。
結果、術者は呪詛返しを受ける羽目になり、呪詛返しを防ぐ術を使っていたので、死にはしなかったが、その妖術の全てを失い、妖術使いとしては、死んだも同然となったのである。
故に、幻夢斎は予測出来るのだ、夢芝居能力を持つ子孫が、黒き夢から生還を果たしたのなら、その後……自分の時と同様に、黒き夢の発生は止まるだろうと。
また別の妖術使いが、黒き夢を発生させる妖術に、手を出すまでの間は。
「今回、チルドニュクス作り出していた妖術使い……今の言葉なら、西洋魔術の魔術師なんだろうけど、魔術使えなくなってんのかな?」
夢占秘伝を読みながら、慧夢は自問する。
「そうだったら、いいんだけど……」
この時点の慧夢には、知る由も無いのだが、幻夢斎が書き記した通り、慧夢が黒き夢から生還を果たして以降、黒き夢……永眠病の発生は止んでいた。
後に政府機関が調査した結果、把握出来ただけでも、五十人以上の犠牲者を出していた事が明らかになった、今回の永眠病の大量発生は、最後の患者である志月の生還をもって、終息したのだ。
慧夢が自問した通り、チルドニュクスを作り出していた魔術師は、呪詛返しを受けて、全ての魔術を失っていた。
死んではいないが、魔術師としては、慧夢に「殺された」訳である。
そして、「黒き夢より戻りし、我が子孫へ」という見出しの文章の最後には、幾つかの術の使い方と修行法が、解説されていた。
夢芝居という特殊な能力を持っていただけでなく、並外れた強力な霊力の持ち主であった幻夢斎は、その霊力を利用する為の術を、身に付けていた。
神道や密教、修験道や陰陽道、果ては妖術の類に至るまで、幻夢斎は節操無く学び、習得していたのである。
そして、霊力の更なる強化により、霊的な問題に巻き込まれる可能性が高まってしまった子孫の為、幻夢斎は自らが習得した術の中で、害が無く安全なのを選び、この文章の最後に書き記したのだ。
危険な霊的存在に、関わらぬ様に気を付けたとしても、避け難い問題に直面する可能性はある。
そんな時、自力で問題を解決出来る様にする為の術を、幻夢斎は子孫に伝えようとしたのである。
異界と呼ばれる、この世ならざる世界に迷い込んでしまった時、この世に戻る為の術や、危険な霊的存在から、一時的に自分の存在を完全に隠し、やり過ごす為の術。
初歩的なものではあるのだが、調伏や魔除けの術に、霊的な存在を退ける結界を張る為の術(調伏とは、祈祷で悪霊や魔物などを倒す事)。
そういった術が、黒き夢から生還した子孫が、身に付けた方が良い術として、詳細に解説されていた。
知らない言葉が多く、慧夢には理解出来ない部分も、多かったのだが。
「――意味の分からない言葉の方は、暇な時にでも調べた上で、修行して覚えるとするか」
新たに読める様になった、「黒き夢より戻りし、我が子孫へ」という見出しの文章を、一通り読み終えた慧夢は、夢占秘伝を閉じながら独白する。
「せっかくご先祖様が、遺してくれた術なんだし」
とりあえず、読むべきものは読み終えたので、慧夢は立ち上がると、押入れの前に向う。
金庫の中に夢占秘伝を仕舞うと、部屋の隅に置かれたテーブルの前に、慧夢は移動する。
テーブルの上には、ゲーム機とテレビが置かれ、テーブルの前には、青いクッションが置いてある。
テレビはアンテナが繋がっていないので、事実上ゲーム専用のモニターだ。
慧夢はクッションに座ると、ゲーム機とテレビを起動し、ゲーム機をネットに接続。
すると、メッセージの到着を知らせる通知アイコンが、テレビ画面に表示される。
メッセージは、志津子のユーザーID……JETFIREが、フレンド申請を承認した事を伝える、運営からの定型文メッセージと、志津子からのメッセージだった。
JETFIRE「フレンド申請承認ました、これからよろしくね! 今から零時くらいまで、アームド・コンフリクトAのオンラインをやるつもりなので、よろしければご一緒に」
慧夢は早速、アームド・コンフリクトAを立ち上げ、プレイ中のフレンドを検索。
JETFIREというユーザーIDを見付け、志津子がプレイ中の部屋に、慧夢は参加する(この場合の部屋とは、一緒にオンラインでゲームを遊ぶ、一時的なグループといった感じの意味)。
その後、慧夢は志津子とメッセージをやり取りしつつ、アームド・コンフリクトAだけでなく、途中からはワールド・ウォーズ3にソフトを変えて、ゲームを楽しみ続けた。
午前零時くらいで、ゲームを止めるつもりだったにもかかわらず、午前一時頃まで遊び続けてしまった、志津子と共に。
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