226 黒き夢より戻りし、我が子孫へ……か。この辺りを、読み込んだ方が良さそうだ
夜風が部屋の中の空気を、適度に換気してくれる。
六月十五日の午後十時半頃、青いTシャツにトランクスというラフな格好で、慧夢は自室の机の椅子に座っていた。
やや退色してはいるが、紙魚一つ無い為、新しく見えてしまう古文書である夢占秘伝と、夢占秘伝を読み解く際、愛用している古文書入門が、机の上には置かれている。
夢占秘伝を読む準備を、慧夢は既に整え終えていた。
以前、黒き夢に近付いた後、霊力が強まってからでなければ読めない文章が、夢占秘伝に隠されていたのに、慧夢は気付いた。
そして、志月の黒き夢から生還して以降、慧夢は自分の霊力が、更に強まったのを自覚していた。
「黒き夢に近付いて、霊力が強まった状態でなければ、読めない文章が隠されていた様に、黒き夢から生還して、更に霊力が強まってからでなければ読めない文章が、夢占秘伝には隠されているんじゃないか?」
そんな風に考えたので、慧夢は改めて、夢占秘伝書を読もうと決意したのだ。
夕食の後はすぐに風呂に入り、夢占秘伝を読むつもりで、慧夢は自室へと戻ったのである。
ところが、部屋に戻った慧夢は、アームド・コンフリクトAとワールド・ウォーズ3を、遊びたいという誘惑に負け、ゲーム機を起動して遊び始めてしまったのだ。
夢占秘伝を読むのを、後回しにして。
慧夢は元々、ゲーム屋にワールド・ウォーズ3の予約を入れておいたのだが、発売日には志月の夢世界の中にいた。
故に今日の夕方、学校帰りにゲーム屋に立ち寄り、予約しておいたワールド・ウォーズ3を、買って来たのである。
一時間半程、アームド・コンフリクトAとワールド・ウォーズ3を遊んでから、志津子にアームド・コンフリクトAに関するお礼のメッセージを送り、フレンド申請をした上で、慧夢はゲーム機とテレビの電源を落とした。
その後、本来の目的を思い出し、押入れの中の金庫から、夢占秘伝を取り出したという流れである。
椅子に座ったまま、慧夢は姿勢を正して両掌を合わせ、夢占秘伝に一礼。
そして、夢占秘伝を手に取って開き、読み始める。
「――やっぱり、また読める部分が増えてる」
これまで読めなかった、意味不明な文字列が書かれていたページや、ただの余白であった部分に、読んだ覚えの無い文章が存在するのを、慧夢は確認出来た。
新たに読めるようになった文章の中から、今の自分に必要と思われる箇所を、慧夢は探し始める。
その箇所を、慧夢は程無く、見つけ出す事が出来た。
「黒き夢より戻りし、我が子孫へ……か。この辺りを、読み込んだ方が良さそうだ」
慧夢が見付けたのは、黒き夢から生還した子孫に向けて、幻夢斎が執筆したと思われる、「黒き夢より戻りし、我が子孫へ」という見出しが付けられた、霊力で書かれた光る文字による文章。
古文書入門を頼りにしつつ、その文章を慧夢は読み始める。
まず最初に書かれていたのは、霊力が強化される事についてであった。
陽が出ている間であっても、夢世界などの霊的な存在が、夜の様にはっきりと見える様になり、幽体のまま活動出来る時間が、大幅に延びる事などが、書かれていた。
そういった、既に慧夢が自覚している事だけでなく、注意事項も書いてあった。
夢世界以外の霊的な存在は、危険を齎すものが多い為、決して関わろうとするなとか、逢魔時には、特に気をつけろといった風な、注意すべき事柄が。
続いて、今後……黒き夢は当分の間、現れなくなるだろうという話が、書かれていた。
江戸時代に、黒き夢を発生させる薬が流行った時も、幻夢斎が黒き夢に侵入して、生還を果たした後、黒き夢の発生がぱったりと止んだ事が、その根拠だ。
幻夢斎は黒き夢からの生還後、黒き夢を発生させた薬について、徹底的に調べ上げ、その薬は西洋の妖術使いにより、作り出された物だという認識に至った。
妖術使いが居たのは、当時……唯一の西洋との窓口であった、長崎の出島。
長崎の出島は、日本人の出入りが厳しく制限されていたが、幻夢斎は幽体となって、出島の中を調べる事が出来た。
幽体での調査の結果、黒き夢を発生させる薬を作り出したと思われる妖術使いを、幻夢斎は突き止めた。
だが、幻夢斎が見つけ出した時、既に妖術使いは、妖術の全てを失っていた。
幻夢斎の調査によれば、幻夢斎が黒き夢から生還したのと同じ日時に、妖術使いは突如、意識を失っていた。
程無く意識は回復したらしいのだが、その時……妖術使いは、全ての妖術を失っていたのだ。
術者である妖術使いが、妖術を使う能力を失ってしまった為、幻夢斎が黒き夢から生還した後、黒き夢の発生は止んだのである。
西洋の妖術使いが、その妖術を失ったのは、「呪詛返し」が原因だろうと、幻夢斎は推測していた。
人を呪う妖術の類は東洋西洋を問わず、術が破られた場合、術者に術が返る現象……呪詛返しを引き起こす場合が多い。