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225 叔母さん、何か隠してるよね、しかも……夢占君に関する事を

「籠宮ですが?」


 床に広がった大量の書類を、渋い表情で見下ろしながら、志津子は電話に出る。

 そして、電話の相手と短いやりとりをしてから、志津子は電話を切る。


「ちょっと事務所の方で、トラブルがあったらしいんで、行って来る」


 スマートフォンを白衣のポケットに仕舞いながら、しゃがみ込んで書類を拾い始めていた志月に、志津子は声をかける。


「いいよ、放っておいて。後で自分で拾うから」


「どうせ家に戻るまで、やる事無くて暇なんで」


 書類を拾い集めるのを、止めそうに無い志月の姿を目にした志津子は、ばつが悪そうな表情を浮かべつつ、椅子から立ち上がる。


「じゃあ、お願いしようかな。適当に重ねて、机の上に載せておいてくれるだけでいいから」


 頷く志月の姿を視認すると、志津子は出入口の方に向って歩き出し、荒々しくドアを開けて、部屋の外に出る。

 そのまま廊下に足音を響かせながら、志津子は足早に歩き去って行った。


 部屋に一人残された志月は、黙々と書類を拾い集め続ける。

 書類の中には、ファイルや封筒なども混ざっていたのだが、その中の一つ……折り畳んだ跡がある、大きめの雑誌が入りそうなサイズの茶封筒が、志月の目に映る。


 その茶封筒を手に取り、他の書類と重ねようとして、志月は気付く。

 茶封筒に、「夢占流についての記事」という文字が、走り書きされている事に。


「夢占流って……」


 驚いて目を見開くと、志月は走り書きの文字を何度も見直し、「夢占」が見間違いでないのを確認する。


「――流だから、何かの流派の名前みたいだけど、夢占流……。夢占君に、関係があるのかな?」


 自問してみるが、情報が少な過ぎるので、答など出る訳が無い。

 志津子に尋ねるか、茶封筒の中身を見れば、その答を知る事が出来るのだろうが、この場に志津子はいない。


 中身を勝手に見てしまうのは可能だが、それは志月にとっては、良心が咎める行為だ。


「勝手に中身を見るのは、駄目だよね。叔母さんが戻ってから、訊けばいいか……」


 手にした茶封筒を、他の書類の束に重ねると、床に落ちている書類を拾い集める作業を、志月は再開する。

 かなり大量に散らばっていたのだが、志月の手際は良く、程無く書類を集め終えてしまう。


 百科事典にして数冊分はあるだろう、大量の書類の束を、志月は崩れない様に、机の上に置く。

 作業を終えた志月の目は、机に積まれた書類の中で、一際目立つ存在である、大きな茶封筒に吸い寄せられる。


 夢占流という言葉が、走り書きされている茶封筒は、他の書類より大き目で、色も異なる為、必然的に目立ってしまうのだ。

 作業中も中身が気になってしまい、茶封筒の存在を意識し続けた事も、志月の目が吸い寄せられた理由である。


 書類を拾い集める作業が終わり、他に意識する事柄が無くなった今、志月の意識と興味は、茶封筒の中身に集中してしまう。

 その結果、茶封筒の中身を見たいという好奇心が、志月の中で急激に強まっていく。


 何故だか理由は分からないのだが、その茶封筒の中にある「夢占流についての記事」が、志月自身にとって、物凄く重要な存在である気がし始めたのだ。


「とりあえず、他のと分けておこう」


 書類の束を崩さない様に気遣いながら、志月は茶封筒を引き抜く。

 中身を確認しようと決めた訳ではなく、志津子が戻って来た時に、すぐに茶封筒の中身について、訊ねられるように。


 だが、茶封筒を手にして、「夢占流についての記事」という走り書きを目にしてしまうと、中身を確認したいという好奇心が、志月の良心を打ち破りそうな程に、強くなってしまう。


「駄目駄目! 叔母さんが戻って来てから!」


 自分に言い聞かせる様に、そう言い放った志月の頭に、ふと……先程、志津子と交わした会話が甦る。

 慧夢が夢に出て来た、理由についての会話が。


「私が眠っている時に、周りで夢占君の話をしていたのを聞いた影響で、夢に夢占君が出て来たのかな?」


 そんな志月の問いかけに、志津子は意味有り気な口調で、言葉を返した。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ」


 志津子の言い様が気になった志月は、更に志津子に問いかけたのだ。


「そうじゃないかもって、他に何か思い当たる事があるの?」


「どうだろう? まぁ、夢って医学的にも分かっていない事だらけだから、夢に誰かが出て来た理由なんて、気にするだけ無駄なのかもしれないね」


 すると、返って来たのは、志津子にしては珍しい曖昧な答。

 その答を聞いた時、志月は違和感を覚え、感じたのだ……志津子が何かを隠し、はぐらかそうとしていると。


(叔母さん、何か隠してるよね、しかも……夢占君に関する事を)


 心の中で呟く志月の目線の先には、「夢占流についての記事」と走り書きされた、茶封筒。


(もしも、叔母さんが隠してる事が、この封筒の中身と関係があるのなら、叔母さんに訊いても、はぐらかされるのかも?)


 志津子が戻って来る前に、中身を勝手に確認してしまわないと、茶封筒の中にある「夢占流についての記事」の内容を、自分は知る事が出来ないのかもしれない。

 自分にとって、とても重要な事が書かれている様な気がする、記事の内容を知るチャンスは、今しかないのではないかという考えが、志月の中で大きく強くなっていく。


 その考えは、茶封筒の中身に対する、強い好奇心と協力し、茶封筒の中身を勝手に見る方に、志月の心の中にある天秤を、傾けようとする。


「でも、勝手に見るのは、良くない事だし……」


 根が真面目である志月の良心は、誘惑を抑え込み、茶封筒の中身を勝手に見ない方に、天秤を戻そうとする。

 故に、心の中の天秤は、揺らぎはすれども、どちらかに完全に傾きはしない。


「――どうしよう?」


 複雑な表情を浮かべながら、志月は自問する。

 好奇心と良心が、激しく心の中でせめぎ合う、アンビバレントな状態が続き、志月は答を出す事が出来ない。


 程良い陽射に照らされた、静かな部屋の中で、志月は一人悩み続ける。

 茶封筒の中身を、勝手に見てしまうべきか、それとも我慢すべきなのかと……。



    ×    ×    ×




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