表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
224/232

224 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ

 籠宮総合病院の最上階にある、籠宮家専用の部屋は、ビジネスホテルの一室の様に、シンプルな設えなのだが、今現在は雑然とした状態になっている。

 ここ暫くの間、事実上の部屋の主と化している志津子が、多忙を極めていた為、部屋を掃除して片付ける余裕が、無かったせいである。


 そんな多忙な日々に、ようやく一段落がつこうとしている、六月十五日の昼近く。

 夜勤明けの志津子は、既に勤務時間外なのだが、マンションには戻らずに、この部屋で書類を作成している最中だった。


 書類が山と積まれた、作業し辛い机の上のパソコンで、志津子が作成しているのは、志月の永眠病を通して知った、真実についての記録。

 和美との約束もあるし、恩人である慧夢の秘密を漏らす気など無いので、あくまで志津子が私的にまとめているだけで、他者に見せたり、公開する為の書類ではない。


「とりあえず、今日のところは……ここまでにしておくかな」


 志津子はパソコンのモニターに表示されている時計が、昼に近い時間を表示しているのを確認してから、作業中のファイルを閉じて、パソコンをシャットダウンする。


「机の上も、そろそろ片付けないと」


 パソコンがシャットダウンし終えるのを待ちながら、志津子は雑然とし過ぎた机の上を眺めつつ、疲れた感じで背もたれに寄りかかった姿勢で、面倒臭げに呟く。

 直後、誰かがドアをノックする音を耳にして、志津子は姿勢を正す。


「どうぞ!」


 入室を許可する志津子の声の後、ドアが開いて、志月が部屋の中に入って来る。

 既に病衣姿ではなく、水色のノースリーブのワンピース姿だ。


 今朝……目覚めた後、志月は志津子により、徹底的に身体の状態を調べられた。

 結果、問題は一切見付からず、完全な健康体であるのが確認された。


 一応は様子見の為、今日は学校を休む事にはなったのだが、既に病院に居る必要は無い。

 午後には自宅に戻るので、志月はワンピースに着替えていたのである。


「もう着替えたんだ、似合うじゃない」


「母さんが持って来てくれたの、お気に入りの奴」


 嬉しそうに微笑みながら、志月は志津子に歩み寄り、立ち止まる。


「――それで、どうしたの?」


 部屋を訪れた理由を、志津子は志月に問いかける。


「叔母さんには散々、面倒をかけたみたいだから、家に帰る前に、ちゃんと謝って……お礼を言っておこうと思って」


 そう言うと、志月は姿勢を正して、深々と頭を下げる。


「私が馬鹿な真似をしたせいで、大変なご迷惑をおかけしました。本当にご免なさい」


 志津子は優しい目で、頭を下げたままの志月に語りかける。


「本当にそう思ってるなら、二度と馬鹿な真似……しない事だね」


「絶対にしません、もう二度と」


 顔を上げて断言した、志月の言葉を聞いて、志津子は満足気に頷く。


「それと……有り難うございます、助けてくれて」


 再び深々と頭を下げた志月を目にして、志津子は居心地が悪そうに頭を掻く。


「頭……上げなよ。その事に関しちゃ、志月に頭を下げられる立場じゃないんだ、私は」


 謙遜ではなく、本音を志津子は口にする。

 気まずさを誤魔化す為、志津子は別の話題を振る。


「――そういえば、眠っている間に見た夢の内容、思い出せた?」


 志津子に問われた志月は、顔を上げると、首を横に振る。

 目覚めた後、すぐに行われた身体の調査の際も、志津子に志月は夢の内容を問われたのだが、既にその時、志月は夢の内容の殆どを、忘れてしまっていた。


「兄さんが出て来たのは覚えてるけど、どんな夢だったかまでは……」


「他に誰が出て来たか、思い出せない? 例えば、クラスメートとか?」


 クラスメートという言葉を聞いた、志月の頭の中に、一人のクラスメートの顔が浮かんで来る。

 何故、その顔を思い浮かべるのかが不思議な程、親しくは無いクラスメートなのに、志津子に問われた直後、何故か思い浮かんだのは、その顔だったのだ。


「そういえば、クラスメートも出て来た様な気が……しないでもないな。でも、何で?」


 訝しげな表情で、首を傾げながら自問する志月に、志津子は問いかける。


「そのクラスメートが誰だかは、思い出した?」


 志津子の顔を見た志月は、その親しくないクラスメートが、自分の夢に出て来る理由について、一つだけ思い当たる。


「私が眠ってる時、近くで夢占君の事を話したりした? 夢占君が、父さんを助けてくれた話……」


 目覚めた後、大志が慧夢に助けられた話を、志月は両親や志津子に聞かされていた。

 慧夢に関する同じ話を、両親や志津子が、眠っていた自分の近くでしていたとしたら、その話が夢に反映されてしまい、夢の中に慧夢が出て来た可能性があると、志月は考えたのだ。


 つまり、志月が思い浮かべた、親しくは無いクラスメートとは、慧夢だったのである。


「確か、したと思うよ……その話」


 問いに答えてから、志津子は志月にたずねる。


「夢占君が出て来たんだ?」


「出て来た様な気がする……。どんな夢だったのかは、全然思い出せないけど」


 夢に慧夢が出て来たという、志月の話を聞いて、思惑通りだと言わんばかりの笑みを、志津子は浮かべる。


「私が眠っている時に、周りで夢占君の話をしていたのを聞いた影響で、夢に夢占君が出て来たのかな?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ」


 意味有り気な口調で、志津子は言葉を返す。


「そうじゃないかもって、他に何か思い当たる事があるの?」


「どうだろう? まぁ、夢って医学的にも分かっていない事だらけだから、夢に誰かが出て来た理由なんて、気にするだけ無駄なのかもしれないね」


 医師という職業のせいもあり、はっきりと論理的に話す場合が多い、志津子らしくない曖昧な言い様に、志月は違和感を覚える。

 志津子が自分を、はぐらかそうとしている気が、志月にはしたのだ。


 志月としては、その話題を続けたかったのだが、そうはいかなかった。

 突如、机の上に置かれていたスマートフォンが、着信音を奏で始めてしまったので。


 志津子は左手で、スマートフォンを手に取ろうとして、うっかり書類の山を、左肘で突いてしまう。


「あ!」


 志津子は慌てて、崩れ始めた書類の山を押えようとするが、既に手遅れ。

 崩れた書類の山は、雪崩れをうって床に散らばってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ