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223/232

223 一生に一人くらい、男と経験しておくのも、悪くは無いかもしれないからね

 そんな素似合の発言は、芝居がかってはいても、本音である。

 素似合自身はレズビアンであるだけでなく、ポリアモリー的な恋愛感覚の持ち主であり、同時に複数の恋愛相手を持ち、恋愛相手となった皆を、幸せにしたいと思っている。


 そして、素似合は以前から、慧夢本人が気付かぬまま、複数の女性とフラグを立てているのに、気付いていた。

 最近、また新たに複数のフラグを、慧夢が立て始めている事にも。


 時折暴走する口の悪さと、目付きの悪さを原因として、慧夢は女に全くモテない人生を送ってきた。

 それでも、慧夢自身が積極的に動き出せば、恋愛関係に発展し得る相手……フラグを立てている相手が、密かに慧夢の回りに増えつつあるのを、慧夢本人よりも素似合は正確に把握していた。


 故に、素似合は自身の恋愛感覚に従い、「フラグ立てた相手は片っ端から口説き落とし、ハーレムを作ろうとするくらいで良いんだ」というアドバイスを、慧夢にしたのである。

 ふざけている訳でも何でもなく、恋愛関係に発展しそうな相手が、慧夢に複数いるのなら、全員とのフラグを回収し、全員口説き落とそうとするくらいで良いと、素似合は本気で思っているのだ。


 無論、そういった素似合の恋愛感覚は、他の人々には理解し難いのが現実。

 先程、素似合の恋愛感覚を、「お前の阿呆なポリアモリー趣味」呼ばわりした五月同様、理解し難い側である伽耶も、語気を強めて素似合に反論する。


「二兎を追う者は一兎をも得ず、虻蜂取らず、花も折らず実も取らず……欲しい物を一つに絞らず、幾つも得ようとすると、結局は何も得られないというのが、先人達の有難い教えだぞ!」


 ちなみに、伽耶が口にした三つの諺は、どれも同じ様な意味である。


「相手を一人に絞らず、いい加減な真似をすれば、結局は何も……誰も得られなくなるのがオチだよ。お前が妙な事をけしかけたせいで、夢占がそんなになったら、安良城……お前はどう責任を取るつもりだ?」


「そうなった時は、僕が慧夢の子供を産んで、おばさんに孫の顔を見せてあげるさ」


 しれっとした口調の、素似合の返答を聞いて、伽耶と五月と慧夢の三人は、驚きのあまり、今度は本当に噴き出してしまう。

 周囲にいて、盗み聞きという訳でもないのだが、素似合の声が聞こえてしまったクラスメート達も、驚いて目を丸くする。


「僕は男と付き合ったり、結婚したりするのは無理だけど、子供は作るつもりなんで、僕からしても、悪く無い話だし……」


 素似合は左の席にいる、慧夢に身を寄せると、ふざけてじゃれる感じで、後ろから抱き付く。


「一生に一人くらい、男と経験しておくのも、悪くは無いかもしれないからね」


「――冗談が過ぎるぞ、幾らなんでも」


 驚き過ぎて硬直している、伽耶と五月の目線を気にしつつ、慧夢は言い放つと、素似合の腕を解き始める。

 慧夢の言葉は素っ気無いが、頬は恥ずかしげに染まっている。


 抱き付く側の素似合からすれば、小学校時代から変わらず続いている、性的な意味合いなど無い、友人としてのスキンシップでしかない。

 でも、一応は女として認識している慧夢からすれば、抱き付かれるのは恥ずかしいのだ。


「冗談じゃなくて、割と本気なんだけど」


 気楽な口調で、素似合は続ける。


「見知らぬ誰かの精子を、精子バンクから手に入れるよりは、良く知ってる慧夢から貰った方が、僕としては安心だし、慧夢は子供が作れて、おばさんは孫の顔が見れるんだから、皆が得する良いアイディアだと思わない?」


 昨日、「孫の顔を見せてもらうのは、結構難しそうではあるんだけど」と、和美が言ったのを聞いた時、何か良いアイディアでも思いついたかの様な、楽しげな表情を素似合が浮かべたのは、このアイディアを思い付いたからだった。

 冗談めかした軽口ではあるのだが、本人の言う通り、「割と本気」なのである。


「良くないわッ!」


 ようやく硬直から回復した五月が、強い口調で食ってかかる。


「おばさんの事を持ち出すなら、お前のポリアモリー趣味の悪影響を、慧夢に及ぼさない方向性で気を遣えっ!」


 ほぼ同時に、硬直から立ち直った伽耶も、強い口調で素似合をたしなめる。


「朝っぱらから女子高生が、人前で精子とか、男と経験とか言ってんじゃない!」


 その直後、始業のチャイムが鳴り響き、朝のホームルームの時間が、川神学園に訪れた事を知らせる。

 結果、まだ何か言いたげではあったのだが、伽耶と五月は口を閉じ、その話題は打ち切られた。


 伽耶は教壇に戻ると、副委員を務める男子生徒の号令に合わせ、朝の挨拶をしてから、朝のホームルームを始める。

 そして、まずは出席を取ってから、志月に関する事を、生徒達に伝える。


「――えーっと、もう知ってる者も多いと思うが、籠宮の親御さんから、今朝方けさがた連絡が入った。明日から登校出来るそうだから、もう籠宮の事は心配しなくていいぞ」


 始業前に教室を訪れていた伽耶や、志月から直接連絡を受けた、絵里などの親しい友人達により、志月が明日から学校に復帰する情報は、クラスの殆どの生徒達に伝えられていた。

 それでも、伽耶から正式な伝達を受けた生徒達は、喜び盛り上がる。


 続いて、伽耶は様々な伝達事項を、生徒達に伝え始める。

 まずは、これまでクラスの英会話の授業を担当していた教師が、一身上の都合で退職が決まった為、来週からは新しく赴任する教師が、英会話を担当する事についての話から。


 退職が決まった教師は、人気があった為、残念がる生徒達の声は多かった。

 同時に、後任の教師が、どんな人なのかという質問も、生徒達の中から上がった。


「新しい先生って、どんな人?」


「男? 女? 何歳くらい?」


 伽耶は両手で、生徒達の質問を制してから、答えられる範囲で答える。


「アメリカ人の女の先生だよ、歳は知らん。面通しで、少し話しただけだからな」


 女と聞いて、男子生徒達が盛り上がる。


「美人?」


「結構、美人だったぞ」


 美人と聞いて、男子生徒達は更に盛り上がり、そんな男子生徒達の様子に、女子生徒達は呆れてみせる。

 朝のホームルーム中の教室内は、何時も通りに賑やかだ。


 そんな普段と変わらぬ教室の光景を、隅っこの席から眺めつつ、慧夢は改めて、日常へと回帰出来た喜びを噛み締める。

 話題となっている、新しい英会話の教師が、以前……夢世界に入ってしまった、特殊な性的嗜好を持つ外人女性である事など、この時点では知るよしも無く。



    ×    ×    ×




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