222 一人の女の子を幸せにするより、何人もの女の子を幸せにする方が、素晴らしいに決まってるじゃないか!
賑やかな一年三組の教室に足を踏み入れた慧夢は、クラスメート達の目線を、一身に浴びた。
数日振りの登校なので、ある程度は注目されるのも、おかしくは無い。
クラスメート達と挨拶を交わしながら、自分の席に向う慧夢を目にした、一人の女生徒が、教壇に向けて声を発する。
「せんせー、弟来たよ!」
教壇には、数人の男女の生徒達に囲まれて、会話に興じていた伽耶がいた。
白い半袖のブラウスではなくワイシャツに、黒のパンツというマニッシュな服装の伽耶が。
伽耶は窓際最後尾の方にに目をやり、慧夢の姿を視認すると、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
そして、会話を中断して慧夢に歩み寄る。
「おはようございます」
机の上に鞄を置きながら、慧夢は伽耶に挨拶をする。
右隣の席の素似合と、右斜め前の席の五月と、声を揃えて。
「おはよう」
伽耶は三人に挨拶を返してから、慧夢に問いかける。
「身体……もう平気なのか?」
「大丈夫、完全に元通りだよ」
ガッツポーズを取る慧夢の姿を見て、伽耶は安堵した風な表情を浮かべる。
「それは良かった。お前がこんなに長く休むのなんて、初めてだったから、結構心配したぞ」
伽耶は高等部の教師だが、小規模部活棟での部活動を通じ、中等部時代から頻繁に、顔を合わせていた。
中等部の頃から高一の現在に至るまで、伽耶が知る限り、慧夢が何日も休み続けたのは、伽耶の知る限り初めて。
故に、見舞いに行って、休んでいた本当の理由を知る前から、伽耶は慧夢の事を、結構心配していたのだ。
「そう言えば先生、お見舞い来てくれたんだってね、有り難う」
「帰ろうとしたら校門の所で、お前の見舞いに行くという、コイツ等に会ったんでな。便乗しただけの話だ」
左手の親指を立てて、素似合と五月を指し示しながら、伽耶は言葉を続ける。
「――見舞いといえば、お前と籠宮の叔母さんが知り合いなのには、驚いたな」
「見た目は籠宮に似てて、綺麗な人だったね。まぁ、性格というか趣味の方は、籠宮とは似ても似つかなそうな感じだったけど」
素似合の言葉に、他の三人は頷く。
三人共、頭に迷彩塗装が施されたハンヴィーの姿を、思い浮かべながら。
「まぁ……でも、あんな美人で大人のガールフレンドを、何時の間にか作ってたなんで、慧夢も意外と隅におけないね」
志津子をガールフレンドと表現した、素似合の言葉を耳にして、伽耶は微妙に動揺した風な表情を浮かべ、五月は半目で素似合を睨む。
「いや、知り合ったばかりの人で、ガールフレンドじゃないから! ガールという歳の人でもないし」
慧夢の否定する言葉を聞いて、伽耶は安堵の表情を浮かべ、五月は慧夢の言葉に同意する様に頷く。
「知り合ったばかりでも、ゲームの方でフレンドになるのは、もう決まってる訳だし、女の友達は年齢を問わずに、ガールフレンドでいいんだよ」
しれっとした表情で、素似合は続ける。
「おばさんに心配かけない為にも、そろそろ慧夢はガールフレンドというか、彼女を作る努力をすべきなんだから、せっかくの美人との出会いというチャンスは、大事にしないと」
「母さんが心配? 何の事?」
「見舞いに行った時、おばさん言ってたんだよ。慧夢はいまだに彼女が出来た事がないし、そういう方面が苦手みたいだから、孫の顔を見せてもらうのが難しそうだって」
素似合の話を聞いて、慧夢は苦笑する。
「まだ俺高校生なのに、孫の顔とか……母さんも冗談で言ってたんだろ、それ」
「冗談だったとは思うけど、おばさんの本音も、入ってたんじゃないかな」
自信有り気な口調で、素似合は慧夢に語る。
「スポーツと同じ、今出来ない事……出来る様になる為の努力をしてない奴は、これからも出来る様にはならない。慧夢はモテる訳じゃないんだから、何の努力もしないでいたら、おばさんの心配は現実になりかねないのさ」
(母さんみたいな事言い出したな)
和美に似た様な事を言われたのを、慧夢は思い出す。
「――慧夢はこれまで、そっち方面の努力は何もして来てないんだから、これから本気で頑張らないと」
当たり前の事だとでも言わんばかりの口調で、素似合は続ける。
「それこそ、彼女の一人や二人や三人や四人……作るつもりで、フラグ立てた相手は片っ端から口説き落とし、ハーレムを作ろうとするくらいで良いんだ」
素似合の言葉を聞いた、慧夢と五月と伽耶は、思わず噴き出しそうになる。
「お前の阿呆なポリアモリー趣味の悪影響を、慧夢に及ぼそうとすんなよなっ!」
五月は素似合を睨み付けながら、声を荒げて食って掛かる。
ポリアモリーとは、恋愛相手の合意を得た上で、同時に複数の相手と恋愛する、複数恋愛を意味する言葉だ。
「悪影響? むしろ良い影響を与えると言って欲しいな!」
芝居がかった口調で、素似合は自分の正しさを主張する。
「一人の女の子を幸せにするより、何人もの女の子を幸せにする方が、素晴らしいに決まってるじゃないか!」