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22 そこにいるのは、本物の籠宮じゃないし、この舞台も本物じゃない。全部……杉山が見ている夢なんだよ

 絵里が演劇部に所属しているのは、慧夢も知っている。

 中等部の頃から演劇部に所属している絵里が、文化祭などで演技する姿を、慧夢も何度も目にしていたので。


 夢世界の主が絵里だと分かった時点で、絵里に夢だと知らせた上で刺激を与え、目覚めさせようと、慧夢は思った。

 だが、学校を休み続けている志月の親友の絵里が見る、志月とチルドニュクス……つまりは永眠病に関する夢の内容に、慧夢は興味があったので、すぐには起こさずに、観劇を続けたのだ。


 何故、志月とチルドニュクスや永眠病に、慧夢が興味があったのか?

 それは、学校を休み続ける志月が、実は永眠病にかかったのではないかという噂が、学校で流れ始めていたからである。


 ひょっとしたら、志月の親友である絵里の夢の中なら、その噂に何らかの事実が含まれているのかどうか、情報を得られるかも知れないと思い、慧夢は絵里を目覚めさせるのを待ち、観劇を続けた。

 だが、既に舞台に幕は下り、演劇は終わったので、得られる情報は得終えたと判断し、慧夢は絵里を目覚めさせる頃合だろうと判断した。


 不気味な程に静かな観客席を立ち、舞台に向って歩き出す。

 舞台袖にある階段を上り、舞台の上に立つと、臙脂色の幕をめくって、その内側に入る。


 既に演劇は終わっていて、魔女は姿を消している。

 だが、絵里はベッドの上の志月の身体を揺さ振り、声をかけ続けていた。


「起きて! ねぇ、志月……起きてよ!」


 目覚めぬ志月を、絵里は必死で起こし続けているのだ。

 それは、どう見ても芝居などではなく、本気の……本当の絵里の姿。


 そんな絵里の肩を、慧夢はぽんと叩く。


「――え? 夢占君?」


 いきなり肩を叩かれ、驚いて後ろを振り返った絵里は、慧夢の顔を見て、驚きの声を上げる。

 同じクラスであっても、殆ど喋った事すらない慧夢がいきなり現れたので、絵里は驚いたのだ。


「そこにいるのは、本物の籠宮じゃないし、この舞台も本物じゃない。全部……杉山が見ている夢なんだよ」


 何を言っているのか分からないとでも言いたげに、呆然とした顔で、絵里は慧夢に問いかける。


「――夢って……何を言ってるの? これが夢の訳が……」


(どうやら、夢であるのを理解出来ないタイプみたいだな。仕方が無い……殴って目覚めさせるか)


 そう判断した慧夢は、右拳を握り締める。

 だが、ふと……殴る前に、気になった点について、絵里に問いかけてみようと、慧夢は思い付く。


「なぁ、志月って……本当にチルドニュクスを飲んだのか?」


「飲んだよ……夢占君も見てたでしょ、魔女に貰ったチルドニュクスを飲んだのを!」


「それは演劇の話だろ、俺が訊いているのは、本当に飲んだかどうかだ! だいたい、チルドニュクスは魔女から貰うんじゃなくて、ネット通販で手に入るものじゃないか!」


 ネット通販という言葉を聞いて、絵里は何かを思い出したのか、はっとした様な表情を浮かべる。


「――そうだ……ネット通販で、志月は買っちゃったのよ、チルドニュクスを。魔女のサイトで買ったチルドニュクスを……」


 慧夢が口にした「ネット通販」という言葉に刺激され、絵里の意識は夢の中ではない、現実での記憶を思い出し始める。


「陽志さんが亡くなった翌日、私……通夜に呼ばれたんで、志月の家に行ったの。陽志さんには、私も子供の頃から、色々と面倒を見てもらったから」


「籠宮と親しいのは知ってたが、子供の頃からの友達だったのか」


 絵里は頷き、続ける。 


「通夜の後、志月と話したんだけど、言ってたの……もう生きていけない、死にたいから……ネットで見付けた、チルドニュクスを買ったって……魔女のサイトで」


(成る程、現実世界での魔女のサイトが、夢の中では本物の魔女として、実体化して表現されていたんだな)


 先ほどまで舞台にいた、魔女の姿を思い出しながら、慧夢は心の中で呟く。


「私は……止めたのよ! そんなの偽物……砂糖と小麦粉で作られた偽薬だって、何の効果も無い筈だけど……間違って変な物が入ってるかも知れないから、届いても飲まずに捨てなさいって!」


 悲痛な表情を浮かべ、絵里は慧夢に訴え続ける。


「――でも次の日、葬儀が終わって……志月の家で色々と話してから、夜……家に帰ると、志月からメッセージが届いてたの」


 絵里は何時の間にか手にしていたスマートフォンのモニターを、慧夢に見せる。

 志月とやりとりしたメッセージが表示されている、モニターを。


「『絵里が帰った後、注文してたチルドニュクスが届いたよ。これからチルドニュクス……飲んでみるね。絵里、今まで仲良くしてくれてありがとう』みたいなメッセージ送って来たんで、『飲んじゃ駄目! すぐに行くから、待ってて!』って返信して……」


 モニターには、絵里が言う通りのメッセージのやりとりが、表示されている。


「すぐに志月の家の電話にもかけて、電話に出た志月のお父さんにも、すぐに志月を止める様に頼んで、慌てて志月の家に行ったら、もう志月は眠ってて……枕元に遺書と、変な薬のパッケージがあって……」


「飲んだのか、籠宮は?」


 慧夢の問いに、絵里は頷く。


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