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219 まだ大丈夫じゃないんじゃない? 身体はともかく、頭の方が

 ラッピングバックの中身は慧夢の推測通り、家庭用ゲーム機のゲームソフトであった。


「おお、アームド・コンフリクトA!」


 取り出したゲームソフトのパッケージを見て、喜びの声を上げつつ、ロイヤルホステスから自宅に送って貰った時の、志津子との会話を、慧夢は思い出す。

 その時、近日中に発売されるFPSのソフトで、何を買うかという話を、慧夢は志津子としたのだ。


 幾つかの候補の中から、慧夢が買うかどうか迷ったものの、他のゲームを買うので、買うのを諦めたと話したのが、このアームド・コンフリクトAだった。

 高校生の慧夢の小遣いでは、同時期に幾つものソフトを買う余裕は無いのである。


「俺が自分で買うのとダブらない様に、アームド・コンフリクトAにしたのかな?」


 自問しながら、とりあえずラッピングバッグの中に、ソフトを戻しておこうとした慧夢は、ラッピングバッグの中に、別の何かが入っているのに気付く。

 慧夢は右手を突っ込んで、ラッピングバッグの中から、その何かを取り出す。


「メッセージカードか……」


 中に入っていたのは、葉書程の大きさの、ラッピングバッグと似た色合いの、メッセージカードだった。

 メッセージカードに、慧夢は目を通し始める。


「兄を助けてくれて、ありがとう。ちゃんとしたお礼には、相応しくないかもしれないけど、このソフトの事を話していたのを思い出したので、これにしました。確かアームド・コンフリクトAは、欲しいけど買わないと言っていたから、ダブる心配も無さそうなので」


 慧夢の推測通り、志津子は車中での会話を覚えていて、慧夢が自分で買うソフトとダブラない様に、アームド・コンフリクトAを選んだのだった。


「私もアームド・コンフリクトAと、君が買うと言っていたワールド・ウォーズ3を買ったので、良かったらご一緒に」


 その一文の後には、家庭用ゲーム機のオンラインサービスで、志津子が使っているユーザーIDが記されていた。

 志津子がフレンド申請用に、ユーザーIDを記したのを、慧夢は理解した。


 この場合のフレンドとは、家庭用ゲーム機のオンラインサービスにおける、オンライン上のゲーム友達の事だ。

 フレンドとなれば、オンラインプレイが可能なアームド・コンフリクトAやワールド・ウォーズ3などのゲームを、一緒にプレイし易くなるし、メッセージのやり取りもし易くなる(メッセージを送るだけなら、ユーザーIDを知るだけでも可能だが)。


 ゲームソフトとメッセージカードを、ラッピングバッグの中に戻しつつ、慧夢は呟く。


「ゲームソフトのお礼のメッセージ送るにも、丁度良いな。前に名刺も貰ったけど、あれのよりもゲームのオンラインサービスの方が、気楽にメッセージ送れるし」


 以前、家にハンヴィーで送って貰った時、慧夢は志津子から、仕事用の名刺を貰っていた。

 名刺にも仕事用と思われるメールアドレスが記されていたのだが、知り合って間も無い大人の、仕事用のアドレスにメールを送るのは、高校生の慧夢としては、気が引けてしまう。


 それに比べれば、リアルでは見知らぬ相手とでも、メッセージのやり取りをし慣れた、ゲームのオンラインサービスにおけるメッセージ機能の方が、慧夢としては気楽に志津子に、お礼のメッセージを送り易いのだ。


「学校から戻ったら、メッセージ送って、登録申請しとこう」


 ラッピングバックを元の位置に戻した直後、階下から呼び鈴の音が響いて来る。

 部屋のドアは開け放たれているので、二階の部屋にいる慧夢の耳にも、玄関で鳴る呼び鈴の音は届くのである。


「来たか、早いな」


 慧夢は鞄を手に取り、出入口に向って歩き出し、自室を後にする。

 軽やかな音を立てつつ、駆け下りた階段の先には、すぐ玄関がある。


 スニーカーを履きながら、両親がいるダイニングキッチンの方を振り返り、慧夢は声を上げる。


「――んじゃ、言ってきまーす!」


「行ってらっしゃい!」


「行って来い!」


 両親の声を聞きながら、慧夢は玄関のドアを開いて外に出る。

 玄関のひさしに、朝陽が遮られてるとはいえ、屋内よりは明るい玄関先には、二人の人影。


 呼び鈴やインターホンは、門柱に設置されているのだが、慧夢が門を出て来るまで待てないとばかりに、玄関先まで来ていた、五月と素似合の影だ。


「おはよう、待たせたな」


 何時も通りの気楽な口調で、目に眩しい白いセーラー服姿の五月と素似合に、慧夢は声をかける。

 普段なら、すぐに言葉が返って来るのだが、ドアを閉め終わっても、二人は無言のまま。


 微妙な違和感を覚えた慧夢は、五月と素似合の顔に目をやる。

 慧夢の目に映るのは、ようやく心が落ち着いたとでも言わんばかりに、緩んだ表情で自分を見ている、五月と素似合の顔。


 心と表情が緩んだせいで、挨拶を返すのが遅れた……といった感じの二人は、微妙に戸惑った風な目の慧夢に見られているのに、すぐに気付く。

 そして、まずは素似合が口火を切る。


「――おかえり、慧夢」


 即座に、五月が素似合を睨み、右肘で素似合の左脇腹を軽く突く。

 やや強めの、突っ込みの言葉と共に。


「『おはよう』でしょ! あんた朝の挨拶の仕方も忘れる程、色惚いろぼけしてんの?」


「いや、病気の日々から、やっと日常生活に帰って来れたという意味での、『おかえり』の方が、病み上がりの慧夢への挨拶としては、相応しいと思っただけさ」


 宝塚の男役を思わせる、芝居がかった喋り方と仕草で、素似合は言い訳をする。

 本当は、違う理由で「おかえり」という言葉が、つい口を衝いて出てしまったのだが、本当の理由を、素似合は慧夢に知られる訳にはいかないので、嘘の理由を口にして、誤魔化したのである。


 そんな素似合の心情を、五月は察していたので、やや強めに素似合に突っ込んだのだ。

 普段通りの、素似合の軽口でしかないと、慧夢に思わせる為に。


「おはよう、身体は本当に……もう大丈夫?」


「大丈夫大丈夫!」


 ストレッチでもするかの様に、その場で身体を動かしながら、慧夢は五月の問いに答える。


「まぁ、ずっと部屋で寝てたから、運動不足で身体は少し、なまってるけど、他には何の問題も無いよ」


「なら、いいんだけど……無理すんなよ」


 五月の言葉に、慧夢は頷く。


「五月にも素似合にも、心配かけたみたいで……悪かったな」


 慧夢に謝られた五月と素似合は、面食らった様な表情を浮かべ、顔を見合わせる。

 そして、慧夢の方に向き直ると、五月は訝しげに問いかける。


「まだ大丈夫じゃないんじゃない? 身体はともかく、頭の方が」


 五月の隣で、素似合も頷いている。


「頭の方って、何でだよ?」


「だって……慧夢って、人に心配かけたくらいの事で、謝る様なキャラじゃなかったろ!」


「お前等、俺をどんなキャラだと思ってんだよ?」


 半目の慧夢に問われた五月と素似合は、顔を見合わせると、無言で頷き合う。


「――じゃ、そろそろ行こうか」


「そうだね、遅刻したら困るし」


 慧夢の問いに答えず、素似合が言い放った言葉に、五月は同意する。

 そのまま素似合と五月は、玄関先から門の方に歩き出す。


「おい、誤魔化すなよ!」


 二人の後を追い、慧夢も門の方に向う。

 玄関先で立ち話をしていた三人は、門を通って道路に出る。


 朝陽に照らされた住宅街の道を、川神学園に向って、三人は歩き始める。

 慧夢が学校を休んでいる間に起こった様々な出来事や、明後日に開かれる球技大会など、様々な話題について、話の花を咲かせながら……。



    ×    ×    ×




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