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212 ――ありがとう、俺の分まで……幸せに

「君は今回、志月を助ける為に、現実でも夢の中でも、志月について調べてたと言ってただろ?」


 陽志の問いに、慧夢は頷く。


「そのせいで、それまでは知らなかった、志月に関する色々な事を、君は知ったんだ」


 ツキノワグマ好きで、グッズを集めている事や、ブラコンになった原因とも言える、両親に対する複雑な感情。

 家族の為に毎日夕食を作っている事や、女性アイドルグループの歌を、湯船に浸かりながら楽しそうに歌う志月の姿……。


 調べる前は知らなかった様々な事を、慧夢は頭に思い浮かべる。


「今まで知らなかった、志月の色々な面を知るたびに、君の中での志月に対する印象や感情は、変わり続けていたんだよ。何時の間にか、志月の為に涙を流せる程にね」


 そして、予言でもするかの様に、陽志は言葉を続ける。


「志月を嫌いじゃなくなったのだから、たぶん……これから、君の志月への態度は変わるだろう。そうなれば、志月の君への態度だって、変わるに決まってる」


「――そんなもんかね?」


 微妙に疑わしげな慧夢の問いに、陽志は自信を持って言い切る。


「そんなもんさ。君と志月は、これから……親しくなっていくんだよ」


「いや、でも……俺には籠宮と親しくなれる気が、少しもしないんだけど」


 複雑そうな表情で、慧夢は率直な本音を語る。


「命懸けで、志月を助けようとしてくれた君に、志月と親しくなれると言って貰えた方が、俺としては安心して、あの世にけるんだけどね」


 冗談めかした口調の陽志の姿は、次第に薄く……透け始め、周囲に蛍の群の様な光が、出現し始めていた。

 死霊として現世に留まり続ける力を、陽志が失い始めているのだ。


 死霊は本来、死んでから大した時間を経ずに、あの世……霊界へと去るのだが、たまに現世に思いを残し、留まり続けてしまう場合がある。

 現世への思い残しが執着となり、霊界へと旅立てなくなるのである。


 陽志が現世に、死霊として留まり続けていたのは、志月を案じていたからこそ。

 事実、陽志の不安は的中し、志月はチルドニュクスを飲み、陽志の後を追おうとしてしまった。


 でも、チルドニュクスが見せた死の夢から目覚め、感涙しながら両親と抱き合う志月の姿を目にして、陽志の心の中から、志月に対する不安は、消え失せてしまったのだ。

 つまり、既に陽志には、現世への思い残しと執着がなくなり、霊界へと旅立てる状態になっていたのである。


 過去に霊界へと旅立つ死霊を、慧夢は何度も目にした経験があった。

 姿が薄くなり、蛍の様な光の粒子が、幾つも周囲に浮かび始めた死霊は、程無く現世から霊界に旅立つのを、慧夢は知っていた。


 自分自身の事であるせいか、もうすぐ自分が現世を後にするのを、陽志も察していた。

 陽志が「あの世に逝けるんだけどね」と言ったのは、本音だったのだ。


 その事が察せられたので、慧夢は安心させる為の言葉を、陽志にかける。


「親しくなれるかどうかは、正直分からない。でも……あんたの妹が、二度と馬鹿な真似をしないように、気にはかけておくから、安心して逝きなよ」


 思ってもいないのに、「親しくなる」と言うよりは、そう言った方が良いと、慧夢は思ったのだ。


「ありがとう、それで十分だ」


 礼の言葉を口にしながら、慧夢に微笑みかけた後、陽志は後ろを振り向く。

 陽志の目線の先にいるのは、陽志の祖父母と志津子。


 志月が目覚めた後、志津子はソファーの方に移動し、両親……つまり、陽志と志月にとっての祖父母を起して、志月が目覚めた事を知らせたのだ。

 抱き合って喜び合う親子を、邪魔するのは無粋だとばかりに、三人はソファーの近くで、大志と陽子……志月を、嬉しそうに見守り続けていたのである。


「爺ちゃんも婆ちゃんも、叔母さんも……今まで色々と、ありがとう」


 祖父母と志津子に礼を言ってから、陽志は振り返るのを止め、志月と両親に目線を移す。

 優しげな……それでいて寂しげな目で、陽志は志月と両親の姿を見詰める。


 この世で最後に目にする光景として、最愛の家族の姿を、陽志は選んだのだ。

 先程、寂しさが膨れ上がってしまう気がして、一度は目を逸らしたのだが、この世を去る時が訪れたのを悟った陽志が、最後に目に焼き付けたいと思ったのは、家族の姿だった。


 志月と両親を見詰め続けながら、陽志の姿は薄くなって行く。


「――ありがとう、俺の分まで……幸せに」


 家族へ向けて、届かぬ言葉を最後に遺し、陽志の姿は完全に消え失せる。

 周囲を漂っていた、蛍の群の様な光の粒子と共に。


 陽志が旅立ち終えるまで、その姿を見守っていた慧夢は、とても短い付き合いだった筈なのに、親しかった友人を失ったかの様な、寂しさと悲しさを覚えていた。

 胸が一杯になり、慧夢は涙で頬を濡らしてしまう。


「何か今日は、泣いてばかりだな」


 頬と目元の涙を、手で拭いながら、慧夢は自嘲する。

 そして、娘である志月と抱き合い、泣き笑いを続けている大志と陽子の姿を一瞥し、慧夢は自分の両親の事を思い出す。


「俺も……さっさと身体に戻って、親を安心させてやらないと」


 慧夢の幽体が、ふわりと宙に浮き上がり始める。


「ウチの親は……大して心配とか、してないかも知れないけどさ」


 呟きながら、目線を籠宮家の三人から天井へと移すと、慧夢は更に上昇を続ける。

 白い天井の中に、溶け込む様に突入すると、そのままスピードを上げて、籠宮総合病院の屋上を通り抜け、慧夢の幽体は朝陽が眩い空に舞い上がる。




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