201 あれを外に投げられたら、やべぇッ!
先程、志月が両腕を首の辺りに移動させているのを見て、慧夢は志月がネックレスをガードしようとしているのだと思った。
だが、それは慧夢の勘違いであり、志月はネックレスを外す為、両腕を胸の辺りに移動させていたのである。
慧夢に蹴り飛ばされた右腕が、先端部分の指先まで痺れていた為、細かい作業が出来ず、うなじの方に両手を回して留め具を外す、普段通りのネックレスの外し方が、今の志月は出来なかった。
故に、ネックレスを回転させ、留め具の部分を前に移動させた上で、志月は左手だけで留め具を外し、ネックレスを外したのだ。
この庭で行われた戦いを見て、慧夢の意外な強さを知った志月は、例え片腕とはいえ、自分が慧夢相手に直接戦った場合、ネックレスを守り通せないと考えた。
モブキャラクターを呼び寄せて、慧夢から身を守ろうにも、明らかに慧夢より遠くにいるモブキャラクター達ばかりなので、この状況では間に合わない。
自らの指示ミスにより、庭の中にいるモブキャラクター達は陽志に殺到している。
門は相変わらず、モブキャラクターが詰まっていて、事実上封鎖された状態。
塀の外には、また多数のモブキャラクター達が残っている。
だが、他のモブキャラクターの力を借りても、武器を手にしたまま屋敷の高い塀を越えられる程度に、元気なモブキャラクター達は、既に塀の外には残っていない(仮に残っていても、乗り越えるのにかかる時間を考慮すれば、明らかに間に合わない)。
現時点で、間近にいる慧夢から身を守る為、すぐに自分の所に駆けつけられるモブキャラクターがいない状況を察した志月は、その状況でネックレスを守り通すには、どうすればいいのか思考を巡らせた。
結果、ネックレスの方を自分から離す策を、思い付いたのだ。
自分と共にある状態のネックレスを、自分が守り通せず、守る為にモブキャラクターを呼んでも間に合わないなら、ネックレスの方を自分から……というよりは慧夢から、遠ざけてしまえば良いと、志月は考えた。
故に、志月はネックレスを外し、塀の外に放り投げようと、決めたのである。
塀の外には、まだ多数のモブキャラクター達がいるのは、音や気配で志月には分かる。
ネックレスを塀の外に放り投げ、外にいるモブキャラクター達の誰かに渡し、その上で志月はモブキャラクター達を全て、遠くに逃がすつもりだった。
そうすれば、夢世界が終わりを告げるまでに、慧夢がネックレスを見つけ出して破壊するのは、殆ど不可能に近い状況になってしまう。
追い込まれた志月は土壇場になって、決定的ともいえる逆転の策を、思い付いたのだ。
(あれを外に投げられたら、やべぇッ!)
ネックレスを外した志月の意図を瞬時に見抜いて、慧夢は焦りの表情を浮かべる。
ネックレスを外に投げられたら、どのモブキャラクターがネックレスを持っているのか、探し出すだけでも至難の業であるのに、慧夢は気づいた。
既に志月は、不慣れな動きではあるが、外したネックレスを玉の様に丸めた上で、慧夢から見て右側の塀の外に投げるべく、座ったまま投擲のモーションに入っている。
立ち上がってから投げたら、立ち上がっている間に、慧夢に狙いを気付かれて攻撃を受け、投げられなくなるかもしれないと考え、志月は座ったまま投げたのだ。
志月の目論見通り、ネックレスを外した直後、すぐに投擲モーションに入られた為、志月の意図を瞬時に察した慧夢にも、志月が投げるのを止めるのは不可能だった。
(投げるのを止められないなら、投げられたネックレスの方を、止めるしかないっ!)
慧夢は志月のモーションから、ネックレスが投げられるコースを推測。
右斜め前方に全力で跳躍しながら、敬遠目的で外角の高過ぎるコースに投げられた球を、無理矢理バントしようとするバッターの様に、慧夢は左手に持つ木刀をネックレスに伸ばす。
(当たれー!)
祈る様な気持ちで、慧夢が伸ばした木刀は、何とかその先端で、丸められた玉の様なネックレスを捉える。
(やばい!)
木刀がネックレスを捉えたにも関わらず、慧夢は焦る。
何故なら、慧夢がジャンプしながら伸ばした木刀の先端は、塀の外に飛び出していたからだ。
慧夢は木刀をネックレスに当てて、庭にネックレスを落とすつもりだった。
そうすれば、慧夢は即座にネックレスを拾い上げられるので、都合が良かったのである。
だが、塀の外に出た木刀の先端が、ネックレスを当てて落とすと、落ちた先は庭ではなく、塀の外になってしまう。
野球のボールと違い、ネックレスは当てたくらいでは、殆ど弾まない為、庭の中に戻って来ないので。
そうなると、ネックレスを手に入れるのは慧夢ではなく、塀の外にいるモブキャラクターの誰かになってしまうので、慧夢は「やばい!」と焦ったのだ。
(だったら、打つしかねぇ!)
バントの様に当てて落とすだけでは、塀の外に落ちてしまう以上、庭がある方に木刀を振り抜いて、ネックレスが塀の外に落ちない様にしなければならない。
慧夢はバントを強引にヒッティングに切り替え、木刀を左手だけで庭の方に振りぬく。
咄嗟の判断なので、打ち返す方向の細かいコントロールなどは不可能。
慧夢は大雑把に庭の方に打ち返すのがせいぜいであり、力も上手く加減が出来なかった。
結果、ネックレスは塀の外にこそ落ちずに済んだが、慧夢が狙った庭へも落ちなかった。
打ち返されたネックレスは、陽光に煌きながら、ふんわりとした山なりの軌跡を描いて落下した……屋敷の屋根の上に。