200 腕でガードしてるし、一撃で仕留めるのは難しい! あいつへの対処が、先か!
腕を自分で切断した凄惨な光景と、慧夢の凄みのある目付きに気圧され、志月は怯み、後ずさる。
志月自身も左手首を切断された際、おかしくなりそうな程の激痛を経験していた為、その激痛に苛まれながらも、反撃に転じようとする慧夢に、気圧され怯んだのだ。
表情と後ずさりから、志月が怯んだのを察した慧夢は、右腕の再生を待たずに、大きく前に踏み込むと、志月に斧で斬りかかる。
気圧されながらも、咄嗟に木刀を動かした志月に、慧夢の斧は防がれる。
右手で木刀の柄を持ち、左手は刀身を支える形で、志月は水平に木刀を構え、斧を受け止めた形になる。
(木刀、邪魔だ!)
即座に左手を引きながら、慧夢は身体を左に捻りつつ、右足で志月の右手首辺りを狙って蹴り上げる。
右腕が木の幹に繋がれていた時と違い、身体がまともに動く今の慧夢は、左手の斧だけでなく、足でも威力のある攻撃を放てるのだ。
やや狙いを外れ、右腕の前腕辺りを蹴り上げる状態にはなったが、至近距離からの、身体を捻りながらの蹴りには、十分な威力があった。
志月は右腕に食らった強烈な衝撃に耐え切れず、呻き声を上げながら木刀を手放してしまう……蹴られた腕の側である右手だけでなく、握り難い刀身を支えていた左手の方も。
右腕を強く上に跳ね上げられた反動で、志月は上体を反らしてよろめく。
そして、そのまま足がもつれてしまい、勢い良く後ろに倒れて尻餅をつく。
木刀の排除に成功した慧夢は、斧で志月を追撃しようと、体勢を整える。
だが、志月が倒れたせいで、志月の向こう側が見える様になった慧夢は、驚き……焦る。
(また、あいつかよ!)
慧夢の目に映ったのは、弓矢を番えた状態で、慧夢を狙って弓を構えている、弓道着姿の少女。
慧夢と志月と弓道着姿姿の少女は、ちょうど一直線に並ぶ位置関係にあった。
弓道着姿の少女は、先程の慧夢への攻撃を終えた後、また弓矢を弓に番えた上で、慧夢を狙い続けていた。
だが、射線上に志月がいた為、これまでは身構えたままで居続けたのである。
だが、志月が後ろに倒れたので、射線上から志月は消えた。
弓道着姿の少女の、慧夢を攻撃出来る状況は整ったのだ。
それどころか、主である志月を、慧夢が斧で襲おうとしているのだから、志月を助ける為に、弓道着姿の少女が、慧夢を攻撃しない訳が無い状況。
しかも、倒れた志月は、両腕をネックレスがある胸の辺りに動かしている。
(腕でガードしてるし、一撃で仕留めるのは難しい! あいつへの対処が、先か!)
後ろに倒れて間合いが開いた上、志月は胸の辺りに両腕を移動させている。
志月に近付いても、斧の刃は両腕に遮られてしまい、一撃でネックレスを破壊するのは難しい。
何度か攻撃をしかける必要が有りそうだが、その間に自分は確実に、弓道着姿の少女に射抜かれるだろうと、慧夢は考えた。
故に、まずは弓道着姿の少女への対処を、優先すべきだと慧夢は判断。
(左投げはキツイが、右腕戻ってないし、仕方がない!)
弓道着姿の少女が、弓矢を放つのと同時に、慧夢は利き腕ではない左腕で、斧を投擲する。
創作護身術で忍術風のを試そうとした時期に、ペンや箸……ナイフやフォークなどを使った、手裏剣術の練習をした経験が、慧夢にはある。
その際、手裏剣術を学ぶ為に買った忍術の本には、片腕が負傷などで使えない時の為に備え、左右どちらの腕でも投げられる様に練習をしなければならないと、書いてあった。
故に、慧夢は馬鹿正直に、右でも左でも投げる練習を積んでいた。
無論、利き腕である右腕による右投げ程に、左投げで上手く投げられる訳ではない。
それでも人生の一時期、左投げの練習を積んだ時期があったのは、無駄では無かった。
慧夢が投げた斧は、回転しながら弓道着姿の少女に向って飛んで行く。
途中、少女が放った弓矢と、擦れ違いながら。
まずはスピードが圧倒的に速い弓矢が、慧夢に襲い掛かる。
だが、斧を投擲した直後の、前屈みになる姿勢であった為、弓矢は慧夢の頭上数センチという、際どい辺りを掠めはしたが、当たらずに背後に飛んで行った。
慧夢は故意に、弓矢を避けられた訳では無い。
あくまで斧を投擲した姿勢が、偶然にも回避に繋がっただけだったので、慧夢は冷や汗をかく思いをする。
投擲された斧の方は、唸りを上げて弓道着姿の少女に襲い掛かり、その弓を両断した上で、首筋を直撃。
弓道着姿の少女は、鮮血を首から噴出しつつ崩れ落ちる。
(やった!)
利き腕ではない投擲で、厄介な弓道着姿の少女を仕留められた事に、慧夢は心の中で喝采する。
これまで愛用していた、頼りになる斧を手放したのは残念だが、仕方が無い状況だと諦め、頭を即座に切り替える。
そんな慧夢の目に、志月が落とした木刀が映る。
素手でも志月は余裕で仕留める自信はあるが、他のモブキャラクターの邪魔が入る可能性はあるので、武器は拾える時に拾っておいた方がいいと考え、慧夢は志月の様子を確認しつつ、左手を木刀に伸ばす。
(――え?)
志月の方に目をやった慧夢は、驚き……目を見開く。
地面に座り込んだまま、ネックレスを外している志月の姿が、慧夢の目に映ったのだ。