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02 妹達から口移しで、プリン食べさせてもらってたら、いきなり僕の部屋に現れた慧夢に、思いっ切り頬を殴られたんですッ!

「どうした、安良城?」


 教壇の上から、マニッシュなダークスーツ姿の女性教師が、素似合に問いかける。

 黒のストレートが印象的な、美人の部類ではあるが、気が強過ぎそうな感じがする日本史の教師で、このクラス……一年三組の担任でもある。


「妹達から口移しで、プリン食べさせてもらってたら、いきなり僕の部屋に現れた慧夢に、思いっ切り頬を殴られたんですッ!」


 素似合の答を聞いて、教室内は一瞬……静まり返った後、どっと沸き立つ。

 素似合本人と女性教師、素似合の左隣に座っている者を除いて、皆が楽しげに笑い声を上げる。


 教師という立場上、女性教師は笑う訳にはいかない。

 女性教師は、素似合の様子を観察し、素似合が何故、そんな奇異な事を言い出したのかを、大雑把に理解する。


 奇異な発言、机に突っ伏していたせいだろう……乱れまくっている前髪、口元の涎のあと、寝惚け眼……。

 そんな状態の素似合を見れば、教師生活七年目の女性教師には、授業中に居眠りをしていて、妙な夢でも見ていただろうと、察せられるのだ。


 授業中に居眠りをしていた素似合が、目覚めると共に奇異な発言をするのは、何も今回が初めてという訳でも無いのだし。


「安良城、そりゃ……お前が見てた夢の話だろ」


 女性教師は、呆れ顔で頭を掻きながら、言葉を続ける。


「――にしても、お前の夢の中には、良く夢占が出て来るもんだな。ひょっとしたら、好きなのか?」


「性別が男という時点で、それは有り得ません!」


 素似合は、はっきりと断言する。


「あ、そろそろ俺も……目覚めないと、まずいな」


 女性教師と素似合の会話が、自分に及びかねない流れになってきたので、慧夢は素似合の後ろで見物し続けるのを止め、目覚める事を決める。

 実は、素似合の後ろに立っている慧夢は、眠っているのだ。


 教室にいる皆の目線は、素似合に集まっているが、その後ろに立っている慧夢など、誰も見てすらいない。

 いや、正確に言えば、そこにいる慧夢の姿は、普通の人間には見えないのである。


 霊能力などの、いわゆる幽霊を見る能力を持つ人間なら、素似合の後ろに立っている慧夢の姿を、視認する事が可能。

 つまり、素似合の後ろにいる慧夢は、幽霊の様なものなのだ。


 幽霊と言っても、慧夢は死んでいる訳では無い。

 いわゆる幽体離脱状態で、生霊となって、素似合の後ろにいるだけで、ちゃんと肉体は生きたまま、この教室内の自分の席に座っている。


 いや、正確には席に座ったまま、机に突っ伏して、居眠りをしていると言うべきだろう……素似合の左隣の席で。


 素似合の後ろにいる慧夢……つまり幽体の慧夢は、素似合の左隣の席で居眠り中の、幽体の自分と全く同じ姿をしている、自分の肉体に手を伸ばし……その頭に触れる。

 すると、幽体の慧夢は肉体の慧夢の中に、溶け込む様に吸い込まれてしまう。


 幽体離脱中だった慧夢の幽体が、肉体の中に戻ったのだ。

 眠り始めると、幽体離脱してしまう特異体質の慧夢は、幽体が肉体に戻ると同時に、眠りからも目覚めるので、居眠りをしていた慧夢は、これで目覚める事になる。


「――だが、好きでも無い異性の夢を、そんなに頻繁に見るもんかね?」


 女性教師に問われた素似合は、左隣の席に座っている、目覚めて上体を起こしたばかりの慧夢を指差し、反論する。


「何だか知らないけど、昔から教室で居眠りしたりして……慧夢の近くで眠ると、良く慧夢が夢に出て来るんです!」


 小学校時代から、ずっと同じ学校に通い、二年に一度は慧夢と同じクラスになっている素似合は、過去に幾度となく教室での居眠り中、夢の中に慧夢が出て来る経験をしている。

 素似合の反論を聞いた、一部の生徒達が数人、声を上げる。

 中高一貫校である為、中等部の頃から、慧夢と同じクラスになった経験がある生徒は多い。


「あ……そういえば、私も教室で居眠りした時、夢占君が夢に出て来た事あるよ」


「俺も教室で昼休みに昼寝してた時、慧夢が夢に出て来たな、何時だったか忘れたけど」


「そういえば、あたしも……」


 そんな声を聞いていた、素似合の前の席に座っている、可愛らしく整った顔立ちではあるのだが、お下げ髪に縁の太い眼鏡という、野暮ったさを感じさせる女子生徒が、声を上げる。


「――だから、前から言ってるじゃない! 慧夢は人の夢の中に入り込める、特殊能力の持ち主なんだって!」


 その発言を耳にした生徒達の間から、楽しげな笑い声が上がる。

 眼鏡の少女がオタク系であるのを知った上での、割と好意的なリアクションだ。


「そんなバカな! ありえねー!」


「特殊能力とか、五月さつきちゃん、アニメやマンガ見過ぎー!」


拝島はいじまさん、オタクこじらせてるからなー、可愛いのに」


 眼鏡の少女……拝島五月の発言に対する、クラスメート達のリアクションとしての発言を聞きながら、慧夢は安堵し、心の中で胸を撫で下ろす。


(五月の言った事を、本気にする奴がいなくて良かった……)


 何故、慧夢が安堵しているのかといえば、五月が発言した内容は事実であり、慧夢が家族以外に隠している、秘密だからだ。

 自分が隠し続けている秘密が、ばれてしまいかねない話の流れになり、慧夢は焦った。


 でも、誰も五月の発言を信じずに、冗談と受け止める流れになったので、安堵したのである。


(――まぁ、人の夢の中に入り込める特殊能力の持ち主が、実在すると思う奴なんて、高校生にもなれば、殆どいないんだろうけど……)


 慧夢が心の中で呟いた通り、そんな特殊能力が存在すると思う人間など、小中学生ならまだしも、高校生以上となれば、殆どいないのが現実。

 ただ、アニメやマンガに出て来る様な特殊能力が、存在していたら面白いなと思っている、オタク少女である五月は、慧夢が他人の夢の中に入り込める特殊能力者だと、たまに言い出す事があるのだ。


 無論、五月本人も冗談半分でしている発言であり、その発言を聞いて信じる者などいないのだが。

 今回も、過去の例通りに、誰も信じたりはしなかったとはいえ、慧夢からすれば、真実を皆の前で話されると、焦ってしまうのである。

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