199 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛あああああい!!
追い込まれた状況をひっくり返した、弓矢による一撃は、志月が意図したものではない。
偶然がもたらした、一撃であった。
「まず兄さんを止めて、絶対に! あ……でも怪我はさせないように!」
先程、この指示を志月が出した相手は、志月の目の前にいる多数のモブキャラクター達であり、弓道着姿の少女は含まれていなかった。
弓道着姿の少女がいたのは、門と庭を繋ぐ通路……志月から見て、右横方向だったので。
弓道着姿の少女は、陽志に攻撃対象を変えず、伏兵のまま通路に居続けた……何時でも弓矢を放てる様に身構えて。
その状態で、志月の次なる指示を、弓道着姿の少女は耳にした。
「誰か、夢占君を止めて!」
この指示を受けた弓道着姿の少女は、志月に迫り来る慧夢を狙い、即座に矢を放ったのだ。
そして、今回は警戒を怠っていた慧夢を、射抜くのに成功したのである。
意図した結果ではないので、志月も驚きの表情を浮かべ、弓矢で木の幹に繋がれた慧夢と、弓道着姿の少女の姿を、交互に何度も見て確認する。
そして、ようやく追い込まれていた自分が救われ、逆に慧夢が追い込まれたのを理解し、志月の表情が笑顔へと変わる。
高枝切りバサミという武器を落として失い、腕を射抜かれて木の幹と一体化したかの様な状態になった慧夢を見て、勝利を確信した志月は、慧夢の方に歩み寄って来る。
余裕を持ち、勝ち誇った表情を浮かべながら。
「惜しかったね、夢占君。もう少しで私を倒して、これを壊せたのに」
志月は自分の胸……ネックレスがある辺りを、木刀を手にしていない左手で指差しながら、言葉を続ける。
「ねぇ、勝ったと思い込んだ直後に、逆転されて負けるのって、どんな気分?」
自分の右腕が繋がれた木の幹の太さと硬さを、左手で大雑把に確認し終えた慧夢は、左手を背後に回す。
さり気なく陽志の方を一瞥し、多数のモブキャラクター達に苦戦し、陽志の救援が期待出来そうにないのも、慧夢は視認。
すぐに視線を志月に戻した慧夢は、激痛に苛まれて脂汗を浮かべながらも、声を振り絞って問いに答える。
「――すぐに分かるよ、お前にも」
不敵な笑みを浮かべた、慧夢の返答を聞いた志月は、慧夢を見下ろしながら、嘲り口調で言い返す。
「負け惜しみは、みっともないよ。まだ口の方は元気みたいだけど、身体の方は……」
志月は目を見開き、言葉を途切れさせる。
何時の間にか、慧夢の左手に握られていた、見覚えのある黒い斧を目にして、志月は驚き……焦り、自分の油断を自覚する。
勝利を確信して気が緩み、慧夢が携帯している可能性が高かった斧の存在を、志月は失念していた。
今回の襲撃において、慧夢が志月の視界の中では、高枝切りバサミなどの他の武器ばかりを使っていたのも、志月が斧の存在を忘れていた原因ではある。
だが、左手首を切断された斧の存在を思い出せずに、無警戒に慧夢に近付いてしまったのは、明らかに勝利を確信したせいで、志月の中に生まれた油断こそが、最大の原因であった。
(人間は勝利を確信すると油断する……俺と同じだな)
驚き焦る志月の表情を見上げながら、慧夢は心の中で呟く。
ほんの少し前に自ら経験し、思い知った教訓だ。
慧夢が斧を使わなかったのは、庭で相手にしていたモブキャラクター達の多くが、リーチの長い武器を手にしていたからである。
斧はリーチが短いので、信頼性には欠けるが、現地調達したリーチの長い武器を、慧夢は使っていたに過ぎない。
いざという時の為に、ちゃんとズボンの左後ろのポケットに、斧は折り畳んで仕舞われていた。
その斧を今、慧夢は手に取ったのである。
慧夢が繋がれた木は、慧夢一人の力でしなる程には、細くもしなやかでもない。
慧夢は繋がれた状態で、志月に身を寄せられるだけ寄せながら、アンダースローの左投げのピッチャーの様なフォームで、左手に持つ斧を振り上げる。
無論、慧夢が斧で狙ったのは、志月の胸の辺り。
慧夢は志月の胸ごと、夢の鍵であるネックレスを切断し、破壊しようとしたのである。
だが、その刃はネックレスには届かない。
志月は反射的に、手にしていた木刀を胸の前に移動させ、斧による攻撃をガードしたのだ。
鈍い音と衝撃を発生させはするが、木刀には深く切れ目が入るだけ。
志月は慌てて焦りはしたが、そのまま後ろに飛び退いて、慧夢のリーチの外に出る。
木に繋がれた状態の慧夢では、届けない距離に逃れた志月は、冷や汗をかきながらも、何とか慧夢の逆襲をしのぎ切った安堵感を覚えていた。
だが、志月が安堵するには、まだ早過ぎた。
(駄目だったか! だったら……)
余り動けない状態のまま、斧でネックレスを破壊するという、この場面では最善と思われる策が失敗したので、慧夢は即座に次善の策に移行。
(やっぱ、これしかないか! 絶対痛いから、これだけは避けたかったんだが、仕方がねぇ!)
出来れば避けたかった策を、慧夢は覚悟を決めて実行する為、志月をアンダースローで攻撃する為に、刃を上に向けて振り上げた斧の握りを変え、刃を下に向ける。
緊張で掌に汗をかき、斧の柄を握る手が滑りそうだったので、強く柄を握り締める。
心臓の鼓動が異常に高鳴り、全身から嫌な汗が噴き出る。
怯みそうになる心を必死で奮い立たせ、振り上げた斧を勢い良く全力で、自分の右腕の前腕部分に振り下ろす。
弓矢で射抜かれている部分より、五センチ程手前を、斧の刃は直撃。
バターにバターナイフが刺さるかの様に、斧の刃は慧夢の右前腕の肉を断ち、あっさりと骨に届く。
怯んで力を抜いたら、一撃で骨を断ち切れず、二撃目以降が必要になる。
慧夢は全力で斧を振り抜き、骨ごと一撃のもとに、右腕前腕を斧で切断する。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛あああああい!!)
形容し難い激痛が、右腕から慧夢の頭に、津波の様な勢いで殺到して来る。
処理し切れぬ程の痛みが一斉に押し寄せ、慧夢の頭は痛みでパンクしそうになる。
だが、この命がかかっている場面、思考能力が停止し、頭がおかしくなりかけながらも、慧夢の精神はギリギリの所で踏み止まる。
悲鳴すら上げずに歯を食いしばり、その常軌を逸したレベルの苦痛に、慧夢は何とか堪え切る。
僅かに時間が流れ、苦痛が押し寄せる勢いが衰えたのか、それとも慧夢が苦痛に慣れ始めたのか、慧夢は正常な思考能力を取り戻し始める。
無論、気を失ってもおかしくない程の痛みは、感じ続けているのだが、考えて行動出来るレベルまで、慧夢の精神状態と思考能力は、急激な回復を見せたのだ。
慧夢は右腕に目をやり、狙い通りに弓矢で射抜かれた部分の手前で、右腕が切断されたのを確認。
弓矢に射抜かれた部分は、木の幹に固定されたままで、切断された部分からは、出しっ放しの蛇口の様に、赤々とした血が流れ出ている。
だが、これで慧夢は木の幹から、解き放たれたのである……右腕を犠牲にして。
「ねぇ、勝ったと思い込んだ直後に、逆転されて負けるのって、どんな気分?」
そう志月に問われた時、右腕が繋がれた木の幹の太さと硬さを、慧夢が左手で確認していたのは、木の幹を斧で切断出来そうか、調べていたのである。
だが、手持ちの斧で、どうにか出来そうもない木だったので、慧夢は腕の方を切断する覚悟を決めたのだ。
「――勝ったと思い込んだ直後に、逆転されて負ける気持ち……すぐに分かるって言っただろ?」
慧夢は斧を志月に向けつつ、煽り口調で言い放つ。
激痛を堪えているが故に、顔が歪んでしまっている為、誰の目にも悪役にしか見えないだろう、凶悪過ぎる程の目付きの悪さで、志月を睨み付けながら。
「これから俺が、分からせてやるから……感謝しな!」