197 そういえば……創作護身術部とかいう、訳の分からない部活をやってるって話、聞いた覚えがあるけど、そんなので本当に強くなったり出来る訳?
苦戦はすれども、群がるモブキャラクター達を討ち倒し、着実に迫り来る慧夢と陽志の姿を目にして、志月は焦りの表情を浮かべる。
傷付けたくはない為、モブキャラクター達に素手で相手させている陽志以上に、志月にとっては慧夢の姿が驚異的であった。
武器を手にした相手が二人以上、同時に襲いかかっても、フェンシング風の攻撃を中心として、変幻自在な技を繰り出して倒す、慧夢の姿が。
「――何で夢占君、あんなに強いの?」
頭を掻き毟りながら、志月は忌々しげに自問する。
慧夢が口喧嘩や言い合いに強いのは、身をもって知っていたが、慧夢が身体を使った実際の戦いでも強いなどと、志月は夢世界での慧夢を見るまで、知らなかったのだ。
圧倒的な数でも押し切れない、予想を遥かに超える慧夢の強さを目にして、志月は驚き……戸惑い、苛ついていた。
「そういえば……創作護身術部とかいう、訳の分からない部活をやってるって話、聞いた覚えがあるけど、そんなので本当に強くなったり出来る訳?」
慧夢が部活動として行っている創作護身術は、学内ではふざけた部活としか思われていない。
慧夢自身も、ふざけている場合が多い為、悪ふざけであり実用性など無いものだと、思われがちである。
だが、そもそも慧夢が創作護身術を始めたのは、身を守る為だ。
目付きの悪さを原因とし、小学生時代から不良などに絡まれ続け、痛い目に遭い続けた慧夢が、自分の身を守る為に始めたのが、創作護身術。
物事を創作する為には、まずはインプットが必要。
当然、慧夢は護身術を創作する為に、様々な武術や護身術の類について学習していた。
道場などでの修行はしていないが、様々な武術や護身術の技から、比較的簡単で実用的なものを選び出して練習し、慧夢は習得した。
武器が必要な場合は、身の回りに存在する物で代用出来る様に、常日頃から様々な物を、武器として利用出来るかどうか考えたり、武器として試用したりし試し続けたのだ。
無論、ただ自分で学習するだけでは、「生兵法は怪我の元」ではないが、「やらないよりはまし」程度の強さにしか、なれなかっただろう。
だが、慧夢の場合は、ただ独学しただけではなかった。
絡んで来た不良などを相手とした実戦で、身につけた様々な技や、身の回りで簡単に調達出来る物を武器とした戦い方を、慧夢は試し続けた。
慧夢は独り善がりの独学を続けたのではなく、実戦でトライ&エラーを繰り返し続けて来たのである。
慧夢の創作護身術は、食べ物や文房具、衣服や玩具など、武器とは思えない様な物を武器とする場合が多い為、ふざけたお遊びと思われてしまいがち。
だが、実は数多くの実戦経験により裏打ちされた、極めて実用性が高い護身術となっていたのだ。
慧夢自身もルール無用のストリートファイトであれば、ここ数年負け知らずな程に強くなってしまっていた。
もっとも、現実世界でのストリートファイトなどでは、敵の数は多くても数人、五十人もの敵を相手に戦った経験はなかった為、さすがに先程は怯んでしまったのだが。
最近では実験相手である、絡んで来る不良が激減する程度に、慧夢の強さと悪ふざけの様な戦い方は、川神市の不良少年の間では知れ渡っている。
しかし、川神学園は不良自体が殆どいないので、慧夢の強さは殆ど知られておらず、志月も当然の様に知らずにいた。
そして、現実世界では、相手を殺害したり深刻な怪我を負わせかねない、危険な攻撃の使用を、慧夢は避けているが、夢世界では避ける必要が無い。
夢世界で志月が目にした慧夢は、創作護身術というよりは、護身術では制限している危険な攻撃を解禁した、言わば創作殺人術を使って戦っているに等しいので、現実世界での慧夢よりも凶悪な程に強い。
現実世界における慧夢の強さすら知らない志月が、夢世界の慧夢の強さを見れば、驚くのは当たり前と言えた。
「後ろに二人!」
陽志の鋭い声が、庭に響き渡る。
慧夢の背後から迫る、木刀を手にしたセーラー服姿の少女と、鉄パイプを手にした作業服姿の若い男に気付いて、陽志が慧夢に警告を発したのだ。
慧夢は正面で相手にしていた、木製の杖を振り回す老婆を、足払いで転ばしてから、とどめは刺さずに逆時計回りに半回転。
視界に入った二人の内、既に木刀で突きを放つモーションに入っていた、少女への対処を優先。
即座に高枝切りバサミを剣の様に立てて、風切り音を発生させつつ伸びて来た木刀を、慧夢は木刀の先端の動きに合わせて左に払う。
フェンシングのパラード(相手の剣を払う)の動きで、木刀の突きを逸らすと、そのままアロンジェブラ……ファンデヴーと繋ぎ、高枝切りバサミの先端で、急所である喉元を突く。
少女は苦しげに天を仰ぐと、木刀を手放して、両手で空を掴むかの様な動きを見せる。
喉を貫かれた少女から、慧夢が高枝切りバサミを素早く引き抜くと、喉から鮮血を迸らせながら、少女は仰向けに崩れ落ちる。
その間、作業服姿の若い男は鉄パイプを振り上げ、慧夢に向って振り下ろし始めていた。
だが、慧夢が素早くファンデヴーを放つ為に前進したので、鉄パイプは空を切ってしまう。
高枝切りバサミを少女から引き抜いた時、慧夢の視界は左斜め前、一メートル程の辺りにいる、鉄パイプを振り下ろした直後の、作業服姿の若い男の姿を捉えた。
慧夢は瞬時に、作業服姿の若い男の体勢を把握、人体の急所の一つである鳩尾が、がら空きの状態になっているのを視認。
慧夢は左足で踏み込み、作業服姿の若い男との間合いを一瞬で詰めると、左肘で鳩尾に強烈な肘討ちを叩き込む。
苦痛に呻く若い男の髪の毛を左手で掴んで、慧夢は頭を抑えると、左ひざで顔面を蹴り上げる。
相手の鼻の軟骨が潰れ、歯が折れた感覚を、慧夢は左膝に覚える。
歯が左膝に食い込み、蹴った慧夢も痛くはあるのだが、その程度の痛みなど気にしている暇は無い。
鳩尾への肘討ちと顔面への膝蹴りで、作業服姿の若い男は完全にダウン。
慧夢が髪の毛から手を離すと、そのまま倒れてしまい、うつ伏せのまま動かなくなる。
後ろから襲って来た二人を倒した慧夢は、即座に今度は時計回りで半回転。
既に立ち上がっていた老婆の姿が、慧夢の目に映る。
やや間合いが開いていたので、慧夢は右脚を前に大きくジャンプして前進。
その上で、アロンジェブラからファンデブーに繋いで、高枝切りバサミの先端で、和服姿の老婆の喉下を突いて仕留める。
突いた右腕を引き戻し、慧夢は構えを取る。
つまり、ボンナバンからアロンジェブラ、ファンデブーで攻撃し、オンガルドの構えに戻る一連の動き……バレストラで、老婆を倒したのだ。
前後から襲い掛かった、三人のモブキャラクター達を、慧夢が全員撃退してしまったのを見て、志月は気付く。
慧夢と陽志が互いの背後を注視して、カバーし合いながら戦っていた事に。