192 俺がツキノワグマにした、クマのヌイグルミを持って行ったら、志月は凄く喜んでくれてね、ツッキーって名前をつけて可愛がって、大事にしてくれたよ
「あれは志月が小四の時の誕生日、父さんと母さんが医療ボランティアで海外に行ってた時に、誕生日プレゼントとして志月に贈る為に、海外から送って来た物だったんだ」
志月の両親が一年の半分程、医療ボランティアで海外を飛び回っているという、志津子がしていた話を思い出し、慧夢は心の中で呟く。
(誕生日とかも、親が一緒じゃなかった時が多かったんだろうな。兄貴が親代わりになるくらいだし)
ちなみに当時、志津子は実家を出て、一人暮らしを始めたばかり。
医師としても新人で多忙を極め、殆ど実家を訪れなかった時期であった為、ただのクマのヌイグルミが、ツキノワグマのツッキーになった経緯については、知らなかった。
「父さんと母さんは、志月が好きなのはツキノワグマだと知らずに、クマが好きなんだと思ってたんで、ただのクマのヌイグルミを送って来たんだ」
話の合間に、陽志は志月に目をやる。
「そしたら志月は、『こんなのいらない!』と……珍しく我侭を言い出して、泣きながらヌイグルミを庭に捨てちまってね。そんな志月を見たのは初めてだったから、驚いたよ……良い子過ぎて、我侭言うのなんて、聞いた事も無かったから」
日本刀を手にした若い男と、高枝切りバサミの慧夢が、激しく打ち合う音は喧しい。
だが、その音に掻き消されぬ様に、陽志の声は大きくなっているので、余裕で志月にも届いている。
「今になって思えば、誕生日を一緒に過ごしてもらえないだけでも寂しかったろうに、自分が何を好きかという事を、父さんと母さんが知らなかったのが、凄くショックだったんだろうな」
図星であったらしく、志月は陽志の言葉に頷きこそしないが、その時の感情を思い出し、寂しげに表情を翳らせていた。
「その頃の俺は、そんな志月の気持ちを分かってやれなかったけど、悲しんでる志月を慰めてやりたかったし、父さんと母さんが海外の危険なとこから、苦労して送ったプレゼントを、志月に大事にしてもらいたかったんだ……」
庭に捨てられた大きなクマのヌイグルミを、拾い上げた時の事を思い出しながら、陽志は続ける。
「だから俺は、クマのヌイグルミを拾って、ツキノワグマに改造したのさ」
「改造? どうやって?」
「プラスチック板で、キーホルダー作るグッズがあるんだけど、知ってるか?」
「知ってる」
プラスチック板に絵を描いて、オーブントースターで焼き、金具をつけてキーホルダーを自作するグッズの事は、慧夢も知っていた。
五月が同人活動で、キーホルダーや携帯のストラップを作る際、その手のグッズを使っていたので、慧夢も作業を手伝わされた経験があったのだ。
「あれで三日月のキーホルダーを作って、クマのヌイグルミの胸元に付けて、ツキノワグマみたいにしたんだ」
「ただのクマのヌイグルミを、あんたがツキノワグマにしたってのは、そうい事か……」
陽志が口にした内容を、慧夢は心に描いてみる。
だが、キーホルダーでクマのヌイグルミを飾るのは、慧夢には不自然に思えた。
キーホルダーを付けるには、本来なら鍵束を通すリングに、引っ掛けたり通したり出来る部分が必要な筈。
でも、慧夢が目にしたツッキーには、キーホルダーを付けられる様な、リングに引っ掛けたり通したり出来そうな部分が無かったのだ。
「でも、キーホルダーをヌイグルミの胸元に付けられたのか? キーホルダーを付けられる様な部分、無かったと思うんだけど?」
「ああ、それは……直接ヌイグルミに付けた訳じゃないんだよ」
慧夢の問いに、陽志は答を返す。
「キーホルダーを自作するグッズと一緒にネックレスを買って、そのネックレスをクマのヌイグルミの首にかけてから、ネックレスに三日月のキーホルダーを付けたんだ」
ネックレスは玩具の様な安物だった上、あくまで自作の三日月のキーホルダーを付ける為のパーツという認識で、陽志はネックレスの方は重要視していなかった。
故に、最初の説明では、陽志はネックレスについて端折ったのである。
「ネックレス……」
陽志の口にしたネックレスという言葉に、慧夢は妙な引っ掛かりを覚える。
「俺がツキノワグマにした、クマのヌイグルミを持って行ったら、志月は凄く喜んでくれてね、ツッキーって名前をつけて可愛がって、大事にしてくれたよ」
懐かしげな口調で、陽志は続ける。
「暴発した感情に任せて捨てたんだろうけど、たぶん……父さんと母さんからのプレゼントを捨てたの、本音では後悔していたんじゃないかな」
陽志の話を聞いていた慧夢は、今現在のツッキーが、ネックレスをしていない事が気になった。
ネックレスに対する妙な引っかかりも、心の中から消えない。
「――三日月のキーホルダーを付けたネックレス、今のツッキーは首にかけてないけど、どうなったんだ?」
「急いで作ったから、作りが雑だったんだろう。キーホルダー部分が壊れちゃったんで、志月が外したんだよ。俺は作り直すと言ったんだけど、志月に断られたんだ。『三日月がなくても、これはツッキーだから』って」
既にヌイグルミ自体に愛着が生まれていた上、また自分の子供染みた我侭で、陽志に手間をかけさせたくはないと思い、当時の志月は断ったのだ。
プラスチック板自体が割れてしまったので、接着剤で修理しても、また割れてしまうだろうし、テープでの修理は見た目が悪いので、志月は修理も諦めて、ネックレスごとツッキーから外したのである。
「外したネックレスの方も、大事に取っておくって言ってたな。どんなデザインのネックレスだったか、良くは覚えていないんだが……」
陽志の言葉を聞いて、自分がネックレスに覚えた妙な引っかかりの正体に、慧夢は気付き始める。
(両親からのプレゼントを、その場の怒りに任せて捨てたのを、後悔していた籠宮からすれば、大好きな兄貴が、後悔から自分を救ってくれた象徴みたいな物だろ、そのツッキーのネックレスは!)
興奮気味に、慧夢は考えをまとめつつ、日本刀を手にした若い男との戦いを続けている。
そして、庭石に足を取られて体勢を崩した若い男を、高枝切りバサミの先端で滅多突きにして、慧夢は倒す。
(ツッキーのネックレスは、籠宮の大事な宝だ! 夢の鍵の候補に成り得る!)
庭にいた五人のモブキャラクター達を、慧夢は倒し終えた。
五人のモブキャラクター達に、復活しそうな様子が無いのを、慧夢は一瞬で視認し終える。
(壊れたのはキーホルダー部分と言っていた! つまり、ネックレスの部分は壊れていないんだろうから、首にかけられる筈!)
そして、志月のネックレスといえば、慧夢の頭に真っ先に思い浮かぶのは、素似合に存在を知らされたネックレスだ。
慧夢自身も夢世界の中で、志月を尾行していた時に存在を視認していた、指輪を下げるのに使っていたネックレス。
陽志から情報を得た、夢の鍵の有力な候補となりうるツッキーのネックレス。
そして、素似合に存在を知らされた、志月が普段から首にかけているネックレス……。
志月と深く関わる、ネックレスに関する情報が、慧夢の頭の中で一つに繋がる。
「――同じ物なんじゃないのか、ツッキーのネックレスと……」
慧夢の目線が、志月の方に移動する。
「いつも籠宮が首にかけてる、指輪をぶら下げてるネックレスは?」
その問いに対する答を、慧夢は志月から得る事が出来た。
志月の言葉からではなく、ボディランゲージから。
志月は懐かしげな表情を浮かべたまま、両手で自分の胸元に触れていた。
大事な何かの感触を、白いTシャツの布地越しに、確かめてるかの様に。
ネックレスの姿は、Tシャツに隠れて見えはしない。
それでも慧夢は確信する、ツッキーのネックレスの話を聞きながら、普段……ネックレスがある胸元に、大事そうに触れていた、志月の姿を見て。
ずっと頭の中にかかっていた霧が晴れ、霧に隠されていた真実を、慧夢はようやく見つける事が出来たのだ。
悩まされ続けた謎が解けたせいで、慧夢の頭は猛烈な快楽を覚え、興奮状態に突入、思わず叫び声を上げそうな気分になる。
慧夢は理性を総動員して、叫びたい欲望を押さえ込むのに成功するが、その代りに興奮気味の口調で、見出した真実を口にしてしまう。
「――夢の鍵はツッキーのネックレス! 籠宮が学校に通う時も……今も首にかけてる、ツッキーのネックレスだ!」
慧夢の言葉を耳にした志月と陽志は、驚きの表情を浮かべるが、すぐに納得した風な表情に変わる。
話の流れからして、ツッキーのネックレスが夢の鍵だという慧夢の言葉に、二人も説得力を感じたからだ。
志月と陽志を納得させただけの事はあり、慧夢の言葉は真実を言い当てていた。
夢の鍵はツッキーのネックレスであり、志月は学校に通う時も……そして今も、ツッキーのネックレスをしていたのである。