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191 何であのクマのヌイグルミ、ツッキーって名前な訳? ツキノワグマでもないのに

「いける! 高枝切りバサミはフランスパンより、武器として使える!」


 爺に続いて、次々と襲い来るモブキャラクター達を、高枝切りバサミによるフェンシング技で撃退しながら、慧夢は興奮気味に声を上げる。


「フランスパン護身術の次は、高枝切りバサミ護身術か? 長さと形からすればフェンシングよりも、槍術や棍術こんじゅつの方が合っているかも?」


 フェンシングの合間に、カンフー映画などで目にした、棍術風の動きを取り入れ、モブキャラクターの横腹を、慧夢は払う様に殴りつけたりもしてみる。

 うろ覚えなので、フェンシング風の動きに比べると覚束無い為、慧夢は即座にフェンシング風の動きに戻す。


「何でフランスパン?」


 何故、ここでフランスパンが出て来るのかが分からず、陽志は少しの間、ぽかんとした表情を浮かべる。

 だが、すぐに自分が何をすべきかを思い出し、邪魔にならない程度に距離を取りながら、慧夢の背後から声をかける。


「じゃあ、その夢の鍵かもしれない、志月が大切にしてそうな物を、言ってくよ!」


「どんどん言ってくれ!」


 赤いジャージ姿の中年女性が振り下ろしたバットを、ギリギリの間合いでかわし、バットが空気を切る音を耳にしつつ、慧夢は陽志に言葉を返す。

 明らかにアルミ製の高枝切りバサミでは受け切れない攻撃なので、受けずに避けたのである。


「えーっと、最近大事にしてたのは、ハートのシルバーリングだな」


「それは違う! 破壊済み!」


 即答する慧夢に大志、陽志は思い付いた志月が大事にしていた物を、次々と上げて行く。


「ロシア土産のツキノワグマのマトリョーシカ!」


「それも違う!」


「金沢土産の、三日月模様のコンパクト……」


「九谷焼のコンパクトミラーだろ? それも違う!」


「あれも違うか! えーっと、フランス土産のアンティークのタペストリーは?」


 自分が知らない志月の宝を、陽志が初めて口にしたのを聞いて、慧夢は中年女性と戦いながら、興奮気味の口調で陽志に訊ねる。


「何それ? どこにあったそんなもん? 壁にタペストリーなんてなかったぞ!」


 志月の部屋の壁に、タペストリーらしき物を目にした覚えが、慧夢にはなかったのだ。


「部屋の天井、ベッドの上に飾ってある! 三日月が浮かんだ夜空のタペストリーだ!」


「天井か! 天井までは見なかったな」


 壁とは違い天井に飾られたタペストリーは、仰向けに寝転ばなければ見落とす可能性が高い。

 部屋で眠る志月と、買って送った陽志本人以外には、気付き難い宝だ。


(いや、でも天井にあったって事は、屋敷と一緒に燃えた可能性が高いんじゃないか? アンティークのなら燃え易いだろうし)


 中年女の隙を突き、高枝切りバサミによる連続突きを食らわせながら、慧夢は心の中で呟く。

 赤いジャージのせいで、噴出す鮮血が目立たないまま、仰向けに倒れる中年女から、庭の隅の方で様子を窺っている志月に、慧夢は目線を移す。


(屋敷の中じゃなくて、屋敷の外にある可能性が高いんじゃないのか? 屋敷の外にいた籠宮が、持っていたり身につけていたり、屋敷以外のどこかに置いてあったり……)


 自問する慧夢に、陽志が声をかける。


「北海道土産のツキノワグマのマグカップは?」


「それも違う! つーか、シルバーリング以外、みんなあんたの旅行土産じゃんか! しかも、月かツキノワグマ関連のばかり!」


 爺が落とした日本刀を拾い、襲い掛かって来たカジュアルな服装の若い男に、高枝切りバサミの先端を斬りおとされつつ、慧夢は言葉を続ける。


「あんたが買い与えた、月やツキノワグマ関連のは、大抵破壊して確かめ済みだ! 他のはないの? 特に、屋敷が……」


 慧夢が、「特に、屋敷が破壊された時、屋敷の中に無かった奴が知りたい」と、言いたい事を最後まで言い終える前に、陽志は口を開く。

 大事な事を忘れていたとでも言わんばかりに、強い口調で。


「肝心なのを忘れていた、ツッキーだ!」


 興奮気味の表情を浮かべ、陽志はまくしたてる。


「あれは父さんと母さんが贈った奴なんだ、俺が贈ったんじゃなくて!」


「ツキノワグマじゃないのに、ツキノワグマみたいな名前のツッキーだろ? あれも違う!」


 にべもなく言い放った後、ふと……慧夢は気になり始める。

 何故、ツキノワグマではないクマのヌイグルミなのに、ツッキーと名付けられていたのか、その理由が。


「じゃあ、ツッキーというのはツキノワグマじゃなくて、別の言葉から?」


 ツッキーについての情報を志津子から聞いた時にも、同じ事が気になり、ツッキーという名の由来について、そんな風に慧夢は志津子に問いかけていた。


「どうなんだろう? 正直言うと、ツッキーって名付けられた理由は、私も知らないのよ」


 慧夢の問いに、志津子は首を傾げ、そう答えた。

 志津子もツッキーという名の由来につては、知らなかったのだ。


 以前、答を得られなかった疑問が再び頭に浮かび、気になり始めてしまったので、慧夢は陽志に、答を得るべく問いかけてしまう。


「何であのクマのヌイグルミ、ツッキーって名前な訳? ツキノワグマでもないのに」


「ああ、ツッキーの名前か。それなら、ツキノワグマになったから、志月がツッキーって名前にしたんだよ」


 陽志の答を聞いた慧夢は、訝しげな口調で訊き返す。


「何言ってんの? あれはツキノワグマじゃなくて、ただのクマのヌイグルミだろ?」


「ああ、今の言い方じゃ分かり難かったかな。あれは元々は種類が分からない、ただのクマのヌイグルミだったんだけど、ツキノワグマに『なった』んだ」


 ツキノワグマに「なった」の「なった」の部分を強調しつつ、陽志は言葉を続ける。


「あのヌイグルミを、俺がツキノワグマにしたんだよ。志月の為にも……贈った父さんと母さんの為にも」


「あんたが、ツキノワグマにした?」


 慧夢の問いに、懐かしげな表情を浮かべつつ頷くのを、庭の端……壁際にいた志月は目にしていた。

 志月の表情も陽志同様に、懐かしげである。




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