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19 残念だけど、本当の話だ。今……ご両親の方から、連絡が入った

「残念だけど、本当の話だ。今……ご両親の方から、連絡が入った」


 伽耶にしては珍しい、真剣というよりは深刻な表情と、重苦しい口調。


「ご両親は籠宮の携帯にも、連絡を入れたそうなんだが……」


 志月は慌てて、制服の懐から白いスマートフォンを取り出し、電源を入れる。

 川神学園は携帯電話の持ち込み自体は許されているが、授業中は教師の許可が無い場合、電源を切るのが規則で決まっている。


 真面目な志月は、十五分程前……教室に入った直後に、電源を切っていたのである。

 故に、志月の両親が五分程前にかけた電話も送ったメールも、志月には届いていなかった。


 焦りと不安に満ちた表情の志月は、起動したばかりのスマートフォンを操作し、両親からの着信履歴とメールの存在を確認する。

 そして、そのメールの件名を目にして、愕然とした表情を浮かべてから、意を決した様に……メールを開く。


 メールの文面に目を通した志月は、その端正過ぎる顔立ちを、絶望の色で染めながら、天井を仰ぐ。

 目からこぼれた大粒の涙が、頬を伝って制服のジャケットに落ちる。


 声を上げて泣き叫ぼうとしたかの様に、大きく口を開くが、泣き叫ぶ気力すら失せたのか、声が発せられる事は無い。

 脚から力が抜け、志月の身体は崩れ落ちる……身体を支える力と意志を、失ったかの如く。


 倒れそうになる志月の、普段より細く見える身体を、伽耶は抱き止める。

 優しく髪と頬を撫で、志月を慰める伽耶の表情は、悲痛に歪んでいる。


「――これから私は、籠宮を車で家に送らなければならない。今日の朝のホームルームは、副担任の志賀しが先生が担当します」


 普段の言動からは考えられない、「私」という一人称を使い、感情を押し殺した表情と声で、生徒達に語りかけると、伽耶は一人では歩けない状態の志月の身体を支えつつ、教室の出入口に向って歩き出す。

 そして、そのまま教室を出て、歩き去って行く。


 生徒達は、その異様な光景を目にして、ただ呆然とするしかなった。

 明らかに、安易に口を挟める雰囲気では、無かったのである。


 伽耶と志月が教室を後にしてから十秒程が過ぎ、朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが、スピーカーから鳴り響く。

 そのチャイムが鳴り終わってから、ようやく生徒達は口を開き、何事が起こったのかと、語り合い始めた。


 慧夢も素似合や五月に、話しかける。


「家族の誰か、死んだ……みたいな感じなんじゃないのか?」


 五月は頷き、素似合は同意の言葉を口にする。


「――確かに、そんな感じだったね」


 だが、その語り合いは即座に打ち切られた。

 教室に入って来た、ショートヘアーに紺色のジャージという出で立ちの、背の高い女教師の声によって。


「静かに! クラス委員……はいないか。副委員、代わりに号令!」


「起立!」


 クラス委員の志月がいないので、代わりに副委員を務める男子生徒が、号令をかけた。

 号令に合わせて、生徒達は一斉に起立し、姿勢を正して礼をしてから、着席する。


「当摩先生から聞いているかもしれないが、今朝は私が朝のホームルームを担当するから」


 この女教師が、伽耶が言っていた副担任の志賀薊しがあざみ

 伽耶の大学時代の後輩でもある、体育教師だ。


「先生、質問があります!」


 声を上げたのは、廊下側の最後列の席に座っている、ポニーテールの少女。


「――杉山か。何だ?」


 薊は手を上げた少女、杉山絵里すぎやまえりの質問を許す。


「籠宮さん、何があったんですか? 様子がおかしかったし、当摩先生が家に送るって言っていたんですけど」


 志月の親友である絵里は、志月の事が気になるのだろう、薊に問いかけたのだ。


「籠宮は……身内の方にご不幸が遭ったと、ご両親から連絡が入ったので、早退する事になった」


「ご不幸って?」


「――籠宮のお兄さんが、お亡くなりになったそうだ。交通事故で、突然の事だったらしい」


陽志ようしさんが? そんな……」


 陽志とは、志月の兄の名だ。志月と仲が良く、陽志の事を知っている、絵里を含む数名の女子生徒達が、一斉に悲痛な声を上げる。


 その姿を見て、薊は言うべきではなかったかと、後悔した様な表情を浮かべ、頭を掻く。


「やっぱり、家族が死んだんだな……可愛そうだね」


 素似合の呟きに、慧夢は頷く。


「そうだな……」


 どちらかといえば志月は、慧夢にとっては苦手というか、嫌いな相手。

 それでも心の底から、慧夢は志月を哀れんでいた。


 慧夢は別に善人でも、良く出来た人間でも無い。

 でも、普段嫌っている人間であっても、その人間の不幸を喜ぶ程に、性根が腐ってはいない。


「籠宮の奴……俺らに悪態ついてくる程度に、さっさと元気になればいいんだけど……」


 そう呟いた慧夢の頭に、少し前に目にした光景が甦る。

 立っていられぬ程のショックを受け、スローモーションの様に崩れ落ちた志月の姿は、悪夢の様に慧夢の心に焼き付けられたばかりなので、心の中に鮮明に甦った。


(無理か……)


 生真面目なタイプの志月が、あれ程の精神的なダメージを負った場合、回復は容易ではないだろう。

 慧夢は予感する、自分が呟いた願いは、叶わないだろう事を……。


「はいはい、この話は終り! ホームルーム始めるよ! まずは来月開催する……」


 薊が大声を上げたので、騒然となっていた生徒達の殆どは、一斉に口をつぐんだ。

 それでも朝のホームルームの間中、志月についての囁き声での雑談が、止む事は無かった。


    ×    ×    ×





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