187 ――このままだと、あんたの妹は……あと十八時間で死ぬ事になる。あんたは妹の命を助けたいか?
陽志と志月はハンヴィーの衝突で屋根から路上に転落し、死亡同然の状態になったとはいえ、内臓が破裂し脚の骨が折れただけの状態だった。
身体が欠けた訳でもなければ、着衣など身につけている物も、再生不要な程度に完全に無事であったので、二人の再生スピードは速く、慧夢が火を放つよりも前に再生を終えていた。
再生を終えた二人は、屋敷の中に戻るべく、玄関がある門の方へと移動し、門の前に辿り着いた時に爆発が発生。
爆発の中心であった居間から離れていて、複数の部屋と壁に爆発の衝撃波が遮られた結果、衝撃波では崩されなかった玄関側にいた為、二人は爆発ではダメージを負わずに済んだ。
爆発の後、炎に包まれ燃え上がる屋敷を、陽志は志月と共に見上げていた。
その時、陽志の耳は微かにではあるが、誰かの声を聞き取った。
傍らにいた志月の様子を確認すると、屋敷の爆発と炎上に、陽志以上の衝撃を受けたらしい志月は、心ここに在らずといった感じで、呆然と炎上する屋敷を見上げていた。
陽志と違い、志月は声を聞き取っていなかったのだ。
故に、とりあえず陽志は志月を残して、一人で声が聞こえて来る方に向かって歩き出した……その声の主が、慧夢なのではないかと思いつつ。
途中、屋敷が元通りになったのに驚きながら、陽志は声が聞こえて来た、隣家の庭まで辿り着いた。
そこで、声の主である慧夢がいたの目にして、陽志は驚いたのである。
陽志が驚いたのは、ハンヴィーで屋敷に突っ込んだ筈の慧夢が、隣家の庭にいた事についてであった(それ程、凄まじい爆発だっただろう事に思い至り、驚いたともいえる)。
そして、慧夢が口にした「夢の鍵」という謎の言葉の意味が気になり、陽志は慧夢に問いかけたのだった。
陽志は慧夢の方に歩いて来ると、二メートル程の間合いを取って、立ち止まる。
(そうだ! まだ籠宮の兄貴がいた! 籠宮の兄貴なら、何か知っているかも!)
まだ希望が完全に無くなった訳ではない事に、慧夢は気付く。
建物が夢の鍵であるという発想が浮かぶまでは、陽志から情報を得る為に、籠宮家への突撃を繰り返してたし、今回の突撃も、屋敷が夢の鍵でないなら、陽志と接触する策にシフトするつもりだったのを、陽志本人の顔を目にして、慧夢は思い出したのだ。
すぐにでも、慧夢は夢の鍵となりそうな物に関する情報を、陽志から得たかったのだが、情報を得る前に確認すべき点があった。
陽志が志月の命を、助けたがっているかどうかを、慧夢は確認しなければならない。
陽志が志月の命を助けたいなら、夢の鍵に関する情報を伝えれば、陽志は慧夢の協力者となるだろう。
だが、陽志が志月を意志の方を重要とするなら、慧夢の協力者となるどころか、慧夢から得た夢の鍵に関する情報を、志月に伝えてしまう可能性もある。
これまでの志月の言動からして、志月が夢の鍵に関して何かを知っている可能性は低いだろうと、慧夢は推測している。
夢の鍵に関する情報が志月に伝わると、自分が不利になる可能性があると考えているので、協力者とならないなら、夢の鍵に関する情報を、慧夢は陽志に伝えたくは無い。
だが、まともな兄なら自分の後追い自殺をしようとしている妹を、妹の意志など無視して止めようとする筈だと、慧夢は考えている。
そして、これまで得た情報から、陽志はまともな兄だろうと、慧夢は推測しているので、基本的には陽志に夢の鍵に関する情報を、伝えるつもりではいるのだ。
それでも、慧夢は念の為に確認する。
まずは慧夢が以前した話を、陽志が信じたかどうかから。
「もう自分が死んでる事は、思い出したか?」
喉の辺りを指差し、陽志は答える。
「居眠り運転の挙句、交通事故に遭って、喉を鉄パイプみたいなのに切り裂かれて死んだ事なら、思い出したさ。お陰様でな」
陽志は辺りを見回してから、慧夢に目線を戻して、言葉を続ける。
「この世界は現実世界でも、死後の世界でもなく、君の言っていた通り、妹の夢の中……志月の夢の世界なんだろ。しかも、只の夢じゃない……チルドニュクスが見せる、志月を死に誘う夢の」
「あんたの妹が、チルドニュクス飲んだって話したっけ?」
した覚えが無かったので、慧夢は陽志に問いかける。
「いいや。死んだ後、君が言う所の死霊というのになった状態で、志月がチルドニュクスを飲んだのを見たんだ」
「成る程」
以前の話を信じた確認は取れたので、陽志がまともな兄であるかどうかの確認に、慧夢は入る。
ポケットから懐中時計を取り出して、現実世界の現在時刻が、六月十五日午前六時前後なのを確認した上で。
「――このままだと、あんたの妹は……あと十八時間で死ぬ事になる。あんたは妹の命を助けたいか?」
問いかけた後、慧夢は全神経を集中して、陽志の様子を観察する。
嘘を吐かれて、騙されない為に。
「無論、助けたいに決まっているだろう!」
間など置かずに、当然だと言わんばかりの口調で、陽志は言い切る。
「妹に後追い自殺同然の真似されて、喜ぶ訳がない!」
陽志の言葉だけでなく、表情や雰囲気からも、何一つ嘘と受け取れる要素を、慧夢は感じ取れなかった。
その言葉は信じても大丈夫だと判断し、納得したかの様に頷くと、慧夢は口を開く。