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186 だったら、一体何が……何が夢の鍵なんだよ? もう全部壊した筈だろ?

(そうだ、籠宮の家は? 破壊出来たんだろうな?)


 空を漂う煙と、その鼻をつく臭い。

 嵐の夜の風に似た音に、肌が感じる熱気……明らかに近くで炎が燃え盛っているのを、慧夢の五感は察知していた。慧夢は身体を起して、熱気が押し寄せる方向に目をやる。


 目に映るのは、夕陽に似た色合いの炎と、火山の噴火口から立ち昇るかの様な黒煙が、屋敷の残骸の上で踊り狂う光景。

 屋敷の一階は殆どが吹き飛んで、二階が地上に落ちた状態になった状態で引火、木材が焼け弾ける音を響かせつつ、屋敷ごと巨大な焚き火と化した状況だ。


 居間からだと、部屋が幾つか間にあるせいで、爆発の衝撃波が弱められ、玄関側の辺りは崩されてはいなかった。

 だが、既に炎に包まれているので、焼け崩れるのは時間の問題だろう。


「これなら、破壊した事になる筈だ!」


 屋敷の破壊という目的を果たしたのを視認し、慧夢は興奮気味に喜びの声を上げる。

 だが、その喜びは長くはもたない、屋敷が明らかに破壊された状況なのに、夢世界が崩れ去る様子が全く確認出来ないのに、慧夢は気付いたのだ。


 慧夢がガソリンに火を放った段階で、屋敷の中に存在した全ての物が、今現在……屋敷ごと破壊された判定になっている筈の状況なのは、夢世界に慣れている慧夢からすれば、間違いないと言い切れる状態。

 それでも、夢世界に崩れ去る兆しが無い理由を、慧夢は口に出して自問してみる。


「屋敷が夢の鍵ではなかったり、屋敷の中に夢の鍵が無かったりして、夢の鍵を破壊出来なかったのか? それとも、夢の鍵を破壊出来たけど、夢世界が崩壊するまで、タイムラグがあるのか?」


 屋敷が夢の鍵で無かったり、夢の鍵が屋敷の中に無かったのなら、夢の鍵の破壊には失敗した事になるので、夢世界が崩壊する事は無い。

 だが、夢の鍵を破壊すれば、黒き夢の夢世界が崩壊する事を知っていても、どの様に崩壊に至るのかを、慧夢は知らない。


 夢の鍵の破壊後、夢世界が崩壊するまでに、ある程度のタイムラグがある可能性もあるのではないかと、慧夢は考えたのだ。

 そして、慧夢は自問に対する答を、すぐに知る事が出来た。


 慧夢の視界の中で、燃え盛っていた屋敷の残骸が、炎や煙ごと……色とりどりの無数の粒子へと、変化し始めたのだ。籠宮家の屋敷ごと、粒子化が開始したのである。


 粒子化が始まったのは、籠宮家の屋敷や塀などだけであり、それ以外の周囲の景色に、崩れ去る様子は無い。

 つまり、夢世界が崩れ去る際に発生する粒子化ではなく、夢世界に存在する物を修復し、再生する為の粒子化が発生したのだ。


 あっという間に、燃え盛っていた屋敷の光景は消滅、色とりどりの無数の粒子群と化し、屋敷と塀の残骸は形状を完全に失う。

 十数秒程だろうか、何時の間にか煙までもが消え失せた空中を、無数の粒子群は羽虫の群の様に舞い踊った後、屋敷があった辺りに戻り、ブロックで巨大な屋敷を作る映像を、超高速で再生しているかの様に、屋敷の姿に戻っていく。


 まずは優先的に、志月にとって大事な屋敷を、夢世界は再生したのだろう(見えないが、大志と陽子も屋敷内で再生されている)。

 周囲の塀や隣家の壁、モブキャラクター達の再生は遅れているが、破壊される前と全く同じ姿を、籠宮家の屋敷は取り戻してしまった。


 屋敷が再生された光景を、慧夢は呆然とした顔で見上げる。

 その表情は程無く、驚きと失望の色に染まる。


 慧夢が驚き衝撃を受け、失望するのも当たり前だ。

 破壊された屋敷が再生された光景は、屋敷の破壊により、夢の鍵が破壊されなかった事を、明確に意味しているのだから。


 籠宮家の屋敷や、屋敷の中にある何かが夢の鍵であるのなら、爆発と火災により破壊された筈。

 夢の鍵が破壊されたのなら、夢世界全体が粒子化し崩壊する筈なのだが、粒子化したのは屋敷だけで、粒子化の上で再生してしまったのだから、籠宮家の屋敷も中にあったものも、夢の鍵ではなかったのは明らかなのだ。


 破壊されても再生するのなら、それは夢の鍵では無い。

 破壊されると、夢世界ごと崩壊させてしまうのが、夢の鍵なのだから。


「――屋敷じゃないのか!」


 最後の希望とでも言うべき、夢の鍵候補であった籠宮家の屋敷も、その中にあった全ての物も、夢の鍵では無い事が判明し、慧夢は絶望的な状況に陥った。

 残された時間は僅かだというのに、夢の鍵の候補が何一つ存在しないのだから、慧夢が失望を通り越して、絶望的な気分になるのも当たり前。


 慧夢は思わず、悲痛な声を上げて自問する。


「だったら、一体何が……何が夢の鍵なんだよ? もう全部壊した筈だろ?」


 他の誰かに問うた訳ではない慧夢の問いに、答では無いが、言葉を返す者がいた。


「その夢の鍵というのは、何なのかな?」


 聞き覚えがある声の主がいる方向に、慧夢は目をやる。

 慧夢の目に映ったのは、驚きの表情を浮かべている、陽志の姿。


「籠宮の……兄貴!」


 籠宮家の屋敷の方から歩いて来た陽志が、慧夢に問いかけたのだ。

 慧夢が再生を始めた屋敷を見上げ、衝撃を受け失望している間に、陽志は慧夢がいるのと同じ庭に、入って来ていたのである。




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