184 ボヤボヤしてる暇はねぇ!
ハンヴィーの体当たりは、大地震でも起こったかの様に、屋敷を激しく揺らした。
そのせいで、屋根の上にいた志月と陽志はバランスを失い、悲鳴を上げながら屋根の上から、転げ落ちてしまったのである……庭がある側とは反対側に。
志月と陽志は、ハンヴィーが塀だけでなく、屋敷にまで体当たりするとは思っていなかったので、突然の揺れに対処出来なかったのだ。
屋敷を破壊するつもりの慧夢ですら、屋敷への体当たりは、タイヤをバーストさせられた結果の偶発的なもので、故意ではなかったのだから、志月と陽志が対処出来なかったのは、当たり前といえる。
屋敷の反対側の路上に落下し、志月と陽志は路上に叩き付けられた。
二人は体中の骨を折り、内臓の幾つかが潰れて、死亡扱いになる程に酷いダメージを負っていた。
慧夢自身も激しい衝撃と苦痛の最中にいた為、二人の悲鳴にも落下した事にも気付けなかった。
そもそも、ハンヴィーの五月蝿いエンジン音のせいで、志月がモブキャラクターに出す指示の大声すら聞こえなかったので、二人が屋根の上にいる事自体に、慧夢は気付いていなかったのだが。
右側に大きく傾いたまま停車したハンヴィーの運転席で、停車する程の激しい衝撃を受けた慧夢は、シートベルトで締められた部分と首の辺りに痛みを感じながらも、心の中で喝采していた。
とうとう目的地であった籠宮家に辿り着いたのだから、当たり前だ。
本来なら、暫くは痛みで動けない程の苦痛を覚えている筈なのだが、興奮が鎮痛剤としての効果を発揮して、酷い苦痛を抑えてくれるので、慧夢は身体を動かせる状態。
シートベルトを外した慧夢は、痛む首筋や胸と腹を擦り、動作に支障が無いのを確認してから、すぐに後部座席に移動。
車体が歪んだのが、微妙に開け難くなっていた天井の厚いハッチを力任せに開くと、慧夢はハンヴィーの屋根に上る。
ハンヴィーの車体は右半分が屋敷に食い込んでいて、屋根に上った慧夢は、伏せなければ居間の天井に、頭が当たってしまう状態。
「――無事だよな」
不安げに呟きながら、慧夢はハンヴィーの上を匍匐前進。
慧夢が案じているのは、荷台のドラム缶。
かなり無茶な運転を続け、塀への体当たりを繰り返した上、最終的には屋敷に激しく衝突するという止まり方をしたので、慧夢はドラム缶の様子が気になったのだ。
運転の途中からは、荷台のドラム缶の様子を気にする余裕が、慧夢には無くなっていたので、ドラム缶が無事なのかどうか、慧夢は知らないのである。
「――無事か、良かった!」
荷台に辿り着いた慧夢は、位置がずれて傾いてはいたが、ドラム缶が二つとも無事と言える状態なのを視認して、喜びの声を上げる。
透明だったビニールテープのあちこちは、血で赤く汚れているが、車体にドラム缶を固定する役目を、最後まで果たし切っていた。
庭の方から、モブキャラクター達の声がする。
殆どのモブキャラクター達は、ハンヴィーに轢かれて破壊されたまま復活していないのだが、破壊を免れた数人のモブキャラクター達が、ハンヴィーの荷台にいる慧夢に気付き、襲いかかろうとしている状況だ。
「ボヤボヤしてる暇はねぇ!」
慧夢はドラム缶の口を塞ぐ蓋を外すと、後ろポケットから取り出した斧を展開し、多数のビニールテープを片っ端から素早く切断。
傾いた荷台の上で、支えを失ったドラム缶は、居間の方に向かって転げると、そのまま荷台から落下する。
濁った鐘を打つ様な音を響かせながら、居間に落ちた二つのドラム缶は、口からどくどくとガソリンを垂れ流し始める。
本来なら水で薄めたオレンジジュースの様な色合いだが、明るくは無い屋内である為、麦茶に似た色合いに見えるガソリンが、畳みの上に広がって行く。
あっという間に、独特の刺激臭が居間に広がり、慧夢は咽そうになる。
揮発油……つまり蒸発し易い性質があるガソリンは、急速に気化し続けているのだ。
居間に下りた慧夢は、液体のガソリンを踏まない様に気をつけ、気化したガソリンを吸い込まない様に息を止めながら、ダイニングキッチンへと移動。
軽く息を吸い込んで、まだダイニングキッチンまでは、気化したガソリンが流れて来ていないのを確認。
斧を折り畳んでズボンの後ろポケットにしまうと、慧夢は別のポケットからマッチを取り出す。
直後、瓦礫が崩れた感じの音が、慧夢の耳に届く。
スーツ姿の男やカジュアルな服を着た女など、五人程のモブキャラクター達が、ゴルフクラブや包丁などの武器を手にして、居間へと侵入して来たのだ。
その際、瓦礫が崩れた音がしたのである。
無論、モブキャラクター達の狙いは、慧夢である。
慧夢に襲い掛かるべく、モブキャラクター達はダイニングキッチンにいる慧夢との間合いを、じりじりと詰める。