183 やばいッ! ここまで来て事故るとか、冗談じゃねぇ!
屋敷の柱にハンヴィーが衝突する前に、慧夢は自らブレーキを踏んでハンヴィーを止める。
ハンヴィーのパワーなら、余裕で柱など圧し折れるだろうが、壁を崩して柱まで折ってしまうと、屋敷が倒壊してハンヴィーが押し潰される可能性がある。
二階建ての屋敷の倒壊に巻き込まれたら、ハンヴィーといえ突破出来ないかもしれないと思い、慧夢はハンヴィーを止めたのだ。
「やばいッ! ここまで来て事故るとか、冗談じゃねぇ!」
慧夢は慌ててチェンジレバーとハンドルを操作し、ハンヴィーをバックさせる。
自分で開けた壁の大穴をバックで通り抜け、慧夢はハンヴィーを庭に戻す。
当然、庭に押し寄せているモブキャラクター達が、得物を手にしてハンヴィーに襲い掛かる。
特に、ガラスが割れて穴が開いた、助手席側の窓を狙って。
まだ穴は大きくは無いので、更に広げるべく、ジャージ姿の青年が、バットで窓を殴りつける。
砕け散ったガラスの破片が、霰の様に車内に飛び散る。
助手席に置いてあった、画板を貼り合せて自作した盾を手にして、慧夢はガラスの破片を防ぐ。
今度はガラスの破片で、傷を負わずに済んだ。
ジャージ姿の青年は、大きく広がった窓の穴に、筋肉質の太い右腕を突っ込んで来る。
助手席側のドアのロックを解除し、ドアを開けようと目論んでいるのだ。
その目論見を察した慧夢は、盾と共に助手席に置いてあった、ステンレス製の百五十センチの長い定規を右手で持つと、フェンシングのサーベルの様に構えを取る。
「ファンデヴー!」
フランスパン護身術の為に覚えたフェンシングの突きを、鋭い掛け声と共に慧夢は放つ。
実際のファンデブーは、一歩前進しながら突く攻撃だが、移動は出来ないので腕の動きだけを真似する形で。
定規の先端は青年の右腕を捉え、突き刺さる。
青年は悲鳴をあげ、右腕から鮮血をシャワーの様に噴出しながら、慌てて右腕を穴から引き抜く。
鮮血の大部分は左手で持っていた盾で防げたが、前方に突き出していた右腕に、慧夢は大量の血を浴びてしまう。
ハンヴィーが血で汚れるのには慣れてしまったが、直接生温かい血を浴びる感覚は別物で、慧夢は嫌悪感を覚えざるを得ない。
だが、鍵を解除しようとするモブキャラクターの目論見を、挫く事には成功した。
定規による攻撃を警戒してか、外にいるモブキャラクター達による、ガラスの穴からの攻撃が止む。
攻撃が止むのは、僅かな間なのは明らかなので、慧夢は即座に次の行動を起こし始める。
「定規護身術ってのも、ありだな……うん」
嫌悪感を振り払う為に、そんな軽口を叩きながら、慧夢は定規を助手席に放り投げる。
そして、慧夢は左手でハンドルを握ると、右手でチェンジレバーを操作し、シフトをドライブに入れる。
直後、銃声の如き破裂音が左前方から響き渡り、ハンヴィーの車体が揺れる。
ハンヴィーでは初めてだが、他の自動車では経験済みの音なので、慧夢は何が起こったのか察する。
「畜生! タイヤか!」
ハンヴィーの左前のタイヤが、バースト(破裂)したのだ。
窓ガラスに開いた穴からの攻撃に慧夢が対処している隙に、錐状の武器を何度もタイヤに突き立て、バーストさせていたモブキャラクターがいたのである。
「パンクどころかバーストかよ! 長く止まり過ぎたか!」
モブキャラクターにタイヤをパンク(空気漏れ)させられたり、バーストさせられたりするのは、今回が初めてでは無い。
モブキャラクターの壁に遮られ、自動車を止められてしまった時などに、タイヤに錐の様な鋭い物を何度も突き立てられ、タイヤをパンクやバーストさせられた経験が、慧夢には何度もあったのだ(路上に仕掛けられた、釘などをを利用したタイヤ狙いの罠程度なら、慧夢は見切って避けられたのだが)。
故に、近にモブキャラクターが多数いる場合は、錐状の武器を手にしている者がいる確率が高いので、タイヤをパンクやバーストさせられない様に、慧夢は自動車を長くは停めず、一時停止は素早く切り上げる様にしていた。
だが今回は、窓に開けられた穴から受けた攻撃に対処したせいで、一時停止が長めになり過ぎてしまった上、近くに多数のモブキャラクターがいる状況であった為、錐状の武器を持つ者がいた。
結果、ハンヴィーのタイヤの一つが、バーストさせられてしまったのである。
ハンヴィーはタイヤも普通の物より、全体的に厚く強固になっている為、パンクやバーストにも強い。
実はモブキャラクターは後輪にも襲い掛かり、パンクどころかバーストさせようとしているのだが、タイヤの強固さ故に、まだパンクやバーストには至っていない。
「前輪一つやられただけなら、まだ何とかなる!」
慧夢はアクセルを踏み込んで、バーストには構わずにハンヴィーを前進させる。
やや左前のめりに傾き気味で、運転し辛くはあるのだが、既に大雑把に前進出来れば、籠宮家の屋敷の敷地に突入出来る状況。
押し留めようとする、数人のモブキャラクター達の身体を押し潰しながら、ハンヴィーは塀に体当たり。
白い塀を赤く染め上げながら破壊し、ハンヴィーは路上に出る。
左前輪がバーストした状態な為、これまでより運転し辛く、破壊した塀の破片を乗り越える際、慧夢はハンドルを取られそうになる。
だが、慧夢は細かくハンドルを切り、ハンヴィーを前進させ続け、とうとう籠宮家の屋敷の塀に突撃。
やや左側に傾いた角度で、ハンヴィーは籠宮家の白い塀に衝突。
衝撃と共に壁をを破壊したハンヴィーは、庭で待ち構えていたモブキャラクター達の身体を、立ち並ぶ庭木と共に圧し折りつつ、車体の右側を屋敷の縁側に向ける形で、庭の中を横滑りする。
モブキャラクター達の絶叫と悲鳴に続き、激しい衝突音を響かせながら、ハンヴィーは籠宮家の縁側に激突。
縁側と窓の破片を辺りに飛び散らせながら、鮮血に赤く染まったハンヴィーは、屋敷の居間に斜めに倒れ込む。
ハンヴィーの車内にいた慧夢は、激しい衝突のショックで首を痛めそうになり、シートベルトで胸と腹部を激しく締め上げられ、吐き気を覚えつつもアクセルから足を離し、ブレーキを踏む。
エアバッグなどという気のきいた物は、志津子のハンヴィーにはついていない。
だが、この体当たりでダメージを食らったのは、慧夢だけではなかった。
屋敷の屋根の上にいた二人も、大ダメージを食らう羽目になったのだ。