18 お前の好きな二次元キャラなんざ、主役じゃない男性キャラに寝取られろ! 中古になれ! ビッチ化してしまえ!
「――いや、でも……マジで有り得ないでしょ! マキマキがアノケンと付き合うとか!」
憤慨している素似合の言葉に頷き、五月も不満げに、同意の言葉を口にする。
「有り得ないよね、あの組み合わせは」
朝のホームルームが始まる前の教室では、珍しく素似合と五月が、意気投合していた。
二人が意気投合している話題とは、マキマキという愛称の女性アイドル、真北真紀と、アノケンという愛称の男性アイドル、安納健太郎の交際発覚についてだ。
今朝、テレビで永眠病に関するニュースの後に、流れていたのを視たので、慧夢も二人の交際に関するニュースは知っていた。
どちらも人気があるので、慧夢も興味がある話題だった。
「マキマキが付き合うなら、サマリナでしょ! SNSにキス写真とか、沢山UPってたんだし! なのに、何で男なんかと?」
サマリナとは、真紀と同じ人気女性アイドルグループ、ムーン・フェイズに所属する、女性アイドルの佐間里奈の事だ。
真紀と里奈は、過剰に仲が良いのを、SNSなどでアピールしていた。いわゆる百合営業という奴だ。
「アノケンだって、女のアイドルなんか似合わない! 誘い受けが似合うアノケンは、ノンケ攻めのヒロポンこそが、運命の相手の筈だしっ!」
五月の言うヒロポンとは、健太郎と同じ事務所に所属する、先輩男性アイドルの愛称。
先斗比呂の「ぽん」と「ひろ」を、呼び易い様に入れ替えてくっ付けたもので、かってヒロポンと呼ばれた違法薬物とは、何ら関係は無い。
慧夢は五月の口から、ヒロポンというアイドルの愛称が出る度に、愛称が定着する前に、所属事務所は何か手を打たなかったのかと、不思議に思う。
「――お前らの意見が、珍しく一致しているなと思ったら、一致している様に見えて、そうでもないみたいだな」
楽しげな口調で、慧夢は呟く。
右隣の席に座っている素似合と、右斜め前の席に、後ろ向きに座っている五月が、アイドル同士の交際発覚の話に盛り上がっているのを、他人事として気楽に見物していたのだ。
「なーに他人事みたいに、気楽な事言ってんの? 慧夢の好きなアイドルだって、何時男とスキャンダル出るか分からないんだよ?」
素似合の抗議に、五月も頷く。
「俺のアイドルは二次元世界の中にいるから、スキャンダルとか出ないもんねー」
気楽な口調で言い返す慧夢に、素似合は悔しげに呟く。
「そういや、こいつ二次元萌えのオタクで、現実のアイドルは興味無かったか」
「甘い! 二次元だからといって、スキャンダルと無縁と思うなよ! お前の好きな二次元キャラなんざ、主役じゃない男性キャラに寝取られろ! 中古になれ! ビッチ化してしまえ!」
呪いをかけるかの様な仕草と口振りで、五月は慧夢に言い放ち続ける。
「そして、そのキャラが出て来る本を破り捨て、円盤を割り、それを撮った写真をネットにUPって炎上し、袋叩きに遭ってから、枕元を涙で濡らして寝るがいい! そうなる呪いを、慧夢……お前にかけてやる!」
「朝っぱらから、訳の分からない呪い、かけるんじゃねえよ! だいたい、お前……生物には手を出さないって……」
強い口調で言い返していた慧夢の言葉は、それよりも強い声に、掻き消される。
声の主は、慌てた様子で前のドアから、教室に飛び込んで来た、ダークスーツ姿の伽耶。
朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴るには、まだ数分早く、普段なら伽耶は、教室に現れたりはしない時刻だ。
「――籠宮はいるか?」
伽耶に呼ばれた志月は、声を上げて自分の席から立ち上がる。
「あ、はい! 何ですか?」
志月がいるのを確認した伽耶は、志月に早足で歩み寄る。
志月の前で立ち止まると、言い難い話なのだろう、一度……深呼吸してから、改めて口を開く。
「――落ち着いて聞いてくれ」
こくりと志月が頷いたのを確認してから、伽耶は志月の耳元に口を寄せ、何かを囁く。
「――嘘」
目を見開き、生気の無い声で、志月は呟く。明らかに、尋常では無い雰囲気を漂わせている。