179 大丈夫! ハンヴィーだったら、こんな塀ブチ抜いて、そのまま走れる筈だ!
「――そっか、邪魔なら壊しちまえばいいんだ!」
慧夢の目線が、住宅街の外周部に移動する。
大型トラックに封じられている道ではなく、その周囲にある屋敷と、屋敷を囲む塀に。
「大型トラックをハンヴィーの体当たりで、退けたり壊したりするのは無理だけど、塀なら壊せるだろ」
北側住宅街の屋敷を囲む塀が、どんな物であったかを思い出しながら、慧夢は続ける。
「確か……普通のブロック塀より弱そうな白い塀とか、武家屋敷みたいな黒塗りの木の塀とかの屋敷が多かったし」
ハンヴィーなら標準的なブロック塀だろうが、体当たりで破壊して、瓦礫を乗り越えて進めるだろう。
だが、北側住宅街の多くの塀は、洒落ているし趣はあるが、ブロック塀よりも簡単に破壊出来そうな、古い塀が多かったのだ。
しかも、屋敷の多くは籠宮家同様、広い庭がセットになっていた。
「体当たりで塀を崩して、庭を通り抜ければ、道路の封鎖は突破出来る!」
大型トラックや複数の自動車を利用した、道路封鎖の突破方法を思い付いた慧夢は、興奮気味に北側住宅街のチェックを始める。
そして、住宅街への侵入ルートに出来そうな塀と庭を、慧夢は見つけ出す。
大型トラックに封じられている道の左側にある屋敷が、通り抜けるのに丁度良い庭を持ち、簡単に壊せそうな白い塀に囲まれていたのである。
「よし、あそこから突入だ!」
突入する場所を決めた慧夢は、外周部から籠宮家の屋敷の辺り迄にある、屋敷の庭の状態をチェックする。
塀を崩して庭を通り抜けられそうな場所を、道路の封鎖されていない部分と組み合わせれば、封鎖を回避して籠宮家の屋敷まで辿り着けるのではないかと、慧夢は考えたのだ。
そして、屋敷の庭を通路と看做してルートを繋いでいけば、全ての道路封鎖を回避して、籠宮家の屋敷に辿り着ける事を、慧夢は実際に確認出来た。
「――行ける! このやり方で、封鎖は回避……突破出来る!」
興奮気味に声を上げながら、慧夢は確認を終えたルートを、頭の中に叩き込む。
更に、念の為に他にも通路に使えそうな屋敷の庭の場所までも、慧夢は記憶しておく。
慧夢は突撃直前の情報収集により、自動車を使った道路封鎖が行われているのを知り、封鎖を突破する方法を思い付いた。
既に情報収集の目的は達したと判断し、木の枝を手がかりと足場にして、慧夢は木から下りる。
道路に駐車しているハンヴィーに乗り込み、双眼鏡を助手席に置くと、慧夢はシートベルトを締める。
一度……大きく深呼吸して、心を落ち着かせてから、慧夢は慣れた手付きでエンジンをかけ、ハンヴィーをスタートさせる。
五月蝿いエンジン音を早朝の空に響かせながら、ハンヴィーは走る。
慧夢は何度かハンドルを切り、北側住宅街の北側外周部に通じる、一車線の細い道路に入る。
朝陽を浴びて煌く、銀色の大型トラックが進行方向に見える。
今現在、ハンヴィーが走っている道路は本来、北側住宅街に通じているのだ。
住宅街の手前は十字路になっていて、銀色の大型トラックが十字路ごと封鎖しているので、このままハンヴィーが直進を続けると、大型トラックに衝突する羽目になる。
無論、衝突する気など、慧夢には無い。
十字路まで二十メートル程の距離まで近付いた頃合で、慧夢はハンドルを少しだけ左に切り、道路の脇にある田んぼの畦道に入る。
舗装されていないので、ハンヴィーの車体は揺れて、舌を噛みそうになるが、慧夢は構わすにハンヴィーで畦道を走る。
畦道を走ったハンヴィーは、十字路から左側に五メートル程外れた辺りで、住宅街の手前の道に辿り着く。
丁度、十字路を塞いで駐車している、大型トラックの鼻先を掠める感じで、ハンヴィーは畦道から住宅街手前の道に突入。
鉄格子の如き側溝の蓋と、フロントガラス越しに迫って来るのは、十字路の左側にある屋敷を囲む白い塀。
時速三十キロ以上、普通なら急ブレーキをかけて、慌てて停車する場面だが、慧夢はブレーキペダルから足を退ける、ハンヴィーを止める気など一切無い。
夢世界で交通事故を起しても、死んだりはしないとは分かっているが、それでも恐怖心を慧夢が感じないといえば嘘になる。
ダメージを食らえば苦痛を感じるのを知っているので、出来れば避けたいのが慧夢の本音だ。
恐怖を覚えているからこそ、恐怖に負けてブレーキを踏んでしまうかもしれないと思い、慧夢はブレーキを踏めない様に、ブレーキペダルから足を退けたのである。
(大丈夫! ハンヴィーだったら、こんな塀ブチ抜いて、そのまま走れる筈だ!)
祈る様に心の中で自分に言い聞かせた直後、爆発音に似た音が響き渡り、激しい衝撃が慧夢を襲う。
ハンヴィーの先端が、屋敷を囲む白い塀に激突したのだ。
激突の瞬間こそ、激しい衝撃を感じ、慧夢は鞭打ちになりそうな程に、頭を勢い良く揺さ振られたが、激しかったのは衝突時だけ。
白い塀はハンヴィーの激突に、呆気なく破壊されてしまう。
慧夢の前方の視界が開かれ、庭木が丁寧に整えられていて、池がある和風の広い庭が姿を現す。
「さすがはハンヴィー! こんな塀あ痛っ!」
興奮気味の口調で喋っている途中、ハンヴィーの車体が激しく揺れ始めたせいで、慧夢は舌を噛んでしまう。
ハンヴィーが庭に乗り込む際、瓦礫を乗り越えたせいで、車体が揺れたのだ。