178 ――ま、俺がハンヴィーを手に入れた事を知れば、そりゃ対策くらいは取るわな……
明るく白んでる東側から、まだ僅かに夜の濃い色が残る西側にかけて、空には青の色見本の様なグラデーションがつけられている。
空の際には薄い雲が漂っているが、それ以外には殆ど雲が見られない空の下には、朝を迎えたばかりの川神市の街並が広がっている。
街並の北端には、古めかしく大きな屋敷が立ち並ぶ住宅街がある。
江戸時代に武家屋敷が並んでいた頃の街割りが維持されている、川神市でも毛色が違う街並だ。
古き趣のある住宅街は、田畑が広がる北側郊外に面している。
田畑だけではなく。籠宮総合病院や物流系の配送センターなどの大型施設も北側郊外にあり、市街地とは幹線道路だけではなく、幾つもの道路で繋がっている。
その道路の一つ……幹線道路よりも北側住宅街に近く、一応は二車線ある道路に、ハンヴィーが停車している。
ハンヴィーの車内に、慧夢の姿は無い。
街路樹という訳ではないが、道路脇の畦道には、疎らに木が立っている。
ハンヴィーの停車位置の近くにある、その中の一本である欅が、道にはみ出す程に広げた枝に、慧夢は座っていた。
二十メートル程の高さがある欅の、半分辺りの高さの枝に座り、慧夢は双眼鏡を手に、住宅街の様子を窺っていたのだ。
突撃を開始する前に、慧夢は最後の情報収集をしているのである。
住宅街との距離は、二百メートル弱。
凍り付いていない領域なのだが、早朝のせいなのか、それとも付近のモブキャラクター達が、北側住宅街に掻き集められているせいなのかは分からないが、モブキャラクターの邪魔が入る事無く、慧夢は情報収集を行えている。
「――ま、俺がハンヴィーを手に入れた事を知れば、そりゃ対策くらいは取るわな……」
渋い表情で、慧夢は呟く。
慧夢の目線の先にある北側住宅街は、これまでと明らかに様子が変わっていた。
住宅街の出入口となる道が、自動車が駐車される形で、封鎖されていたのだ。
しかも、普通の自動車ではなく、銀色のボディの大型トラックによって。
慧夢がハンヴィーを盗み出したのを知った志月は、これまでに慧夢が使った自動車よりも、明らかに突破能力が高いと思われるハンヴィーによる突撃を予測。
モブキャラクターだけで制止するのは難しいと判断し、自動車による道路封鎖を実行した。
しかも、並の自動車ではハンヴィーの体当たりなどで、退けられると判断したのか、道の封鎖に使われているのは大型トラック。
凍り付いていない領域にある配送センターから、モブキャラクターを使い調達した、ボディもキャブも銀色の大型トラックだ(ボディは荷物が入る巨大な箱部分、キャブは運転席がある部分)。
幾らハンヴィーでも、体当たりで退けるのも乗り越えるのも不可能な、大型トラックの巨体に、住宅街の入り口といえる道を塞がれてしまっている。
そんな状況を目にしたので、慧夢は渋い表情を浮かべているのである。
「どうするかね? 道から入れないとなると……」
現在地点から視認出来るのは、住宅街に入れる道の前に駐車してある、十台の大型トラックのみ。
だが、この場から視認出来ない場所にある道も、同様に大型トラックで封鎖されていると思われるので、道から入るのは難しいだろうと、慧夢は判断する。
入り口に使えそうな場所は無いか探す為、慧夢は住宅地のあちこちに目線を飛ばす。
慧夢は十メートル程の高さにいるので、住宅街を俯瞰で広く見渡せるのだ。
「住宅街の道も、あちこち車で封鎖されてやがる。念入りな事で……籠宮の性格出てるなぁ」
封鎖されているのは、住宅街の出入口部分の道だけでは無かった。
内側の道も、籠宮家に通じる道の十数か所に自動車が駐車し、道路が封鎖されていたのである。
自動車は数台まとめて配置され、道を塞いでいた。
一台ではハンヴィーの体当たりで、退けられる可能性を志月が考慮し、一箇所に複数配置したのだ。
道が自動車で封鎖されている部分もいない部分にも、ゾンビの如き数百人のモブキャラクター達が配置され、籠宮家を守っている。
多数のモブキャラクターに加え、自動車を利用した道路封鎖を併用し、志月は籠宮家の守りを固めた訳だ。
住宅街を観察する慧夢は、すぐにある事に気付いた。
住宅街の中に配置されている自動車は、普通車や軽自動車だけであり、大型トラックなどの大型車両は見当たらない事に。
「――そういえば、あの辺りの道……狭かったから、大型トラックが入れないんだ。だから、大型トラックで封鎖してるのは、住宅街の外側だけで、内側は小さい車だけなのか」
慧夢が呟いた通り、住宅街の狭い道は大型トラックには狭過ぎて通れなかった為、志月は住宅街の内側には大型トラックを配置しなかった。
「籠宮の奴、馬鹿だなー!」
呆れと安堵が入り混じった感じの口調で、慧夢は言葉を続ける。
「塀だろうが庭だろうが、家だって壊しても元踊りになるんだから、邪魔なら壊した上で、大型トラックを住宅街に入れて、屋敷を囲う形で配置した方が、こっちはやばかったのに!」
慧夢の言う通り、大型トラックで屋敷の周囲を囲まれていたら、ハンヴィーによる突破は困難といえた。
故に、そうしなかった志月に呆れながら、同時に安堵もしたのである。
志月は、「壊しても元通りになる」という夢世界の法則を知ってはいても、そんな異常な状態に慣れてはいない。
それ故、自分が慣れ親しんだ住宅街の家屋敷や庭、塀などを破壊した上で、大型トラックを通れる状態にして、屋敷の周囲に配置し、防御を固めるという発想が出来なかったのだ。
逆に、その法則に慣れ親しんでいる慧夢は、「邪魔なら壊した上で」という発想が出来たのである。
そして、その「邪魔なら壊した上で」という発想は、大型トラックに入り口を封鎖された状況の打開策へと、慧夢の思考を導く。