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177 現実世界は朝か……。こっちも、そろそろかな?

「現実世界は朝か……。こっちも、そろそろかな?」


 夢世界で手に入れ、左手首にはめた腕時計で、慧夢は夢世界での時刻を確認。

 デジタル時計は、午前四時二十三分という時刻を表示していた。


 サービスステーションにも時計はあるのだが、凍り付いた領域である為、蝋人形の様に動かなくなっている、店員のモブキャラクター達と同様、止まったままだ。

 照明などは、遠距離にいる志月などから見える可能性があるので、志月にとってのセットとしての機能を果たす為、夜間は点灯するのだが。


 ガソリン計量器など、慧夢が触れて使用する物も、凍り付いた領域にあっても、その機能は回復して、通常通り使用出来る様になる。

 乗り回しているハンヴィーなどの自動車や、腕時計と同様に。


 腕時計から東の空に、慧夢は目線を移動させる。

 ビルなどの建物のせいで、凹凸のある地平線の辺りは、濃紺の絵の具に白を滲ませたかの様に白んでいるので、夜明けが間近に迫っているのは明らかだ。


「試し運転、始めるか」


 前方の視界が悪くなり、積荷まで積んでいるハンヴィーを運転する感覚は、これまでとは違う筈だと慧夢は考えた。

 いきなり籠宮家に突撃する様な真似はせず、まずは試運転をしてみて、余りにも運転し辛い様なら、まだ少しは時間があるので、慧夢は調整し直すつもりなのだ。


 マッチとライター……懐中時計と斧が、ポケットに入っているのを確認しつつ、慧夢はハンヴィーに歩み寄ると、ドアを開いて運転席に乗り込む。

 窓に貼った側溝の蓋のせいで、視界が悪くなっただけでなく、微妙に狭くなった感じもするが、車内は元から広過ぎる程なので、気にする程でもないなと慧夢は思う。


 助手席に自作の盾や定規、双眼鏡などが入ったリュックがあるのを確かめてから、慧夢はシートベルトを締めると、チェンジレバーのシフトを確認。

 ブレーキペダルを踏んだ上で、挿しっ放しのキーを捻ってエンジンを始動。


 最初の時とは違い、既に何度もハンヴィーのエンジンをかけている慧夢は、失敗などしない。

 ハンヴィーのエンジンは重くて低い唸りを上げながら、車体を震わせ始める。


 チェンジレバーを操作しつつ、ブレーキペダルから足を退け、慧夢はアクセルを軽く踏み込む。

 ゆっくりと前進を始めたハンヴィーのハンドルを左に切り、慧夢は幹線道路に出ると、ハンドルを戻しつつスピードを上げ始める。


 街灯とヘッドライトが照らすアスファルトの道を、ハンヴィーは疾走する。

 流れて行く夜明け前の景色は、現実と殆ど変わりない。


「多少は見辛くなったけど、運転に支障をきたす程じゃないな……」


 鉄格子が嵌められたかの様な感じになってる、フロントガラス越しの前方の光景だけでなく、左右の窓から外の光景を確認しつつ、慧夢は呟く。

 続いて、バックミラーをチラ見して、後方の様子を確認してみる。


 後方に流れて去って行く街灯が、バックミラー越しに慧夢の目に映る。


「バックミラーも……これだけ見えるなら、何とかなるか」


 窓に嵌められた格子状の蓋のせいで、やはり見辛くはあるのだが、後方確認の役目は一応果たせると、慧夢は判断する。


「――後は、荒っぽい運転で車体が振れても、荷台のドラム缶が落ちないかどうかだ」


 ハンヴィーの強力なパワーのせいだろう、荷台に積んだガソリン入りのドラム缶の重さを、慧夢は運転中に感じなかった。

 荷台のドラム缶も、一応はビニールテープをベルトの様に使い、ハンヴィーの車体に固定してあるのだが、急カーブを曲がる時などに、ドラム缶が落ちないかどうか、慧夢は少しだけ不安を覚えたのだ。


 そんな慧夢の前に、十字路が現れる。


「多少、派手な負荷かけて……試してみた方が良いか」


 十字路の手前で。慧夢ハンドルを勢い良く右に切りつつ、アクセルから足を浮かせる。

 すると、ハンヴィーが向きを変えつつテールスライド状態となり、タイヤの叫び声の如きスキール音が、夜明け前の静かな街中に響き渡る。


 横滑りしながら十字路に飛び込んだ辺りで、慧夢はアクセルを勢い良く踏み込む。

 ハンヴィーはスライドしつつ再加速し、結果として十字路を右折。

 いわゆる慣性ドリフトで、慧夢は十字路を右折したのだ。


 慣性ドリフトでの右折の最中、荷台から金属音が何度かしたが、ドラム缶が落下した様子は無い。

 だが、慧夢は荷台を確認する為にブレーキを踏み、エンジンを切ってハンヴィーを停止させる。


 ドラム缶はバックミラーの邪魔をしない様に、後ろの窓を避ける形で載せている。

 故に、バックミラーでは確認出来ないので、停車した上で荷台を覗いて確認する必要がある。


 慧夢は後部座席に移動し、天井のハッチを開く。

 車の天井の開口部といえば、普通ならサンルーフだが、ハンヴィーの場合はターレットハッチ(回転式簡易砲台の様なもの)を設置したりする場合もある、無骨で分厚い天井ハッチだ。


 荷台の手すり部分に画鋲を貼っている為、外からだと荷台には乗り込み難いので、天井ハッチから屋根の上に出て、荷台へと移動するのだ。

 天井ハッチから荷台に移動した慧夢は、ドラム缶の状態を確認。


「問題……無いみたいだな」


 しっかり固定されていたドラム缶を軽く叩いてから、慧夢は荷台を後にして、ハンヴィーの屋根に再び上る。

 その時、巨大なライトが点灯したかの様に、ハンヴィーの進行方向である東側が明るくなる。


「!」


 右掌を額の上に翳しつつ、慧夢は眩げに目を細める。

 フィルターをかけた感じで、ぼやける慧夢の視界に、夜の帳を強烈な白い光で塗り潰し始めた、朝陽の姿が映る。


「夜明けか……」


 程無く眩さに目が慣れたので、慧夢は翳していた右掌を退ける。

 そのまま両腕を広げて、朝陽と同じ方向から吹いてくる微風に流されて来る、清々しい朝の空気を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


 朝陽を浴びて高揚し、朝の空気を吸い込み清々しさを感じるのは、現実世界と同じ。

 全身が新鮮な力にみなぎるのを感じつつ、慧夢は身震いする……武者震いだ。


 朝陽に向けて拍手かしわでを打つかの様に、両掌を胸の前で合わせ、朝陽に照らされ始めた薄暗い街並に、慧夢は音を響かせる。

 その両手で一度だけ、自分の頬を叩いて、慧夢は自分に気合を入れる。


「――んじゃ、行くとしますか」


 普段通りに気楽な……それでいて気合と気力を感じさせる張りのある声で、慧夢は独り言を口にしてから、天井ハッチからハンヴィーに乗り込む。

 ハッチを閉めて施錠し、慧夢は運転席に移動。


 エンジンを始動させ、慧夢はハンヴィーを発進させる。

 東に向かって走り始めたハンヴィーの前方に、また十字路が姿を現す。


 今度はドリフトは行わず、慧夢は普通にハンヴィーを左折させる。

 明るくなり始め、街灯が消え始めている街並の中、慧夢はハンヴィーを北に向かって走らせる。


 この夢世界の中では最後になるだろう、籠宮家の屋敷への突撃を行う為に。



    ×    ×    ×






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