175 ――こんなもんでいいか?
「――こんなもんでいいか?」
夜であっても明るいサービスステーションで、補修を終えたばかりのハンヴィーを眺めながら、慧夢は自問する。
モブキャラクター達の追撃により、窓やサイドミラーが破壊されたハンヴィーを、慧夢は自分で補修したのだ。
夢世界の中で破壊された物は、大抵は再生されるのだが、夢世界により再生される程に酷いレベルで、ハンヴィーは破壊されなかった。
自らハンヴィーを破壊し、再生が行われる様にする選択肢も、慧夢は考えた。
だが、その選択肢を放棄し、慧夢は自ら修復する事にしたのだ。
放棄した理由は二つ、頑丈なハンヴィーの破壊には手間がかかる事と、ハンヴィーが再生されずに、ハンヴィーを失う事態に陥るのを、避ける為である。
夢世界にある物は、破壊されても大抵は再生する。
特に、夢の主が破壊される事を望まない物程、確実に再生される傾向がある。
逆に言えば、夢の主にとってどうでも良かったり、破壊を望む様な物は、再生が遅れたり、再生されない可能性が、比較的高いと言えるのだ。
そして、ハンヴィーは既に、夢の主である志月にとって、破壊を望む存在になっている可能性があると、慧夢は考えていた。
慧夢がハンヴィーを盗み出した事は、籠宮総合病院にいただろう大志と陽子により、志月に伝えられている筈。
敵である慧夢が手にしているハンヴィーの再生など、夢の主である志月が望む筈は無い。
故に、ハンヴィーを破壊してしまった場合、再生されない可能性は、無視出来ない程には低くないと判断、慧夢はハンヴィーの破壊を避けたのである。
慧夢自身の霊力で作り出している着衣や斧、懐中時計などは、慧夢自身の意志による再生が可能であり、安定的に動作する信頼のおける物なのだが、ハンヴィーなどの夢世界で調達した物は違うのだ。
そして、ハンヴィーの損傷の度合いは、窓やサイドミラーなど軽微。
大した時間をかけずに、慧夢が自力で修復が可能な状態。
だとしたら、ハンヴィーが失われるリスクを負ってまで、ハンヴィーを破壊して再生するよりは、自分で損傷を修理した方が良いのではないかと、慧夢は考えた。
だから、ハンヴィーを盗み出した後、凍り付いた領域にある、夜でも明るいサービスステーションで、慧夢はハンヴィーの修理を行ったのである。
修理と言っても、手に入る道具や素材には限りがあり、まともなカー用品などは手に入らない。
夢世界の中では珍しい程に、異常に現実に近い志月の夢世界であっても、カー用品の類を扱う店の店内は、現実通りに再現されてはいなかったのだ。
志月の頭の中にある情報を元に、この夢世界は作り出されている。
つまり、志月が知らなかったり、利用する可能性が皆無である建物の中身は、作りが適当だったり、下手すれば空っぽだったりするのである。
志月が利用した経験がありそうな店でも、商品のラインナップが志月の趣味の影響を受け、偏っている場合もある。
慧夢が食事を調達するのに利用した、お握りと緑茶で埋め尽くされていた、ファミリーストアの様に。
要するに、外側が現実通りに再現されている店であろうが、店内までが現実通りに出来ている訳では無いので、現実通りの商品が簡単に手にはいる訳では無いのだ。
通常の夢世界に比べれば、異常に現実世界に近い、志月の夢世界であっても。
カー用品のショップも、外見は現実世界と同様に再現されているが、店内はカー用品など何一つ無い、空っぽの部屋となっている。
志月はカー用品のショップに行った経験が無いので、店内を再現するのに必要な情報が頭の中にないのだ。
夢世界の志月が、カー用品のショップに立ち寄る可能性が無かったので、再現する必要が無かった事も、店内が再現されていない原因といえる。
映画やドラマなどで使う建物のセットを作る場合、役者が中に入らない筈の部屋の室内を、まともに作らない場合があるのと同じである。
慧夢が利用しているサービスステーションの方も、オレンジ色の屋根や看板など、施設の外見は現実通りに再現されているが、店内は空っぽに近い状態だった。
だが、さすがに家族が運転する自動車に乗り、サービスステーションに給油に寄った経験はあるのだろう、ガソリン計量器(給油機)からはガソリンが出て来るので、ガソリンの入手には問題は無いのだが。
カー用品が手に入らないなら、慧夢は何を使ってハンヴィーを修理したのか?
その答は文房具……慧夢は双眼鏡を手に入れた文房具店で、全ての道具を入手したのである。
この現実に近い夢世界で、現実通りだと思える程に、中身までもが再現されている建物は、慧夢が確認した範囲では、籠宮家の屋敷と籠宮総合病院、そして川神学園の三つ。
どれも志月と深い関わりがあり、現実世界で利用している建物だ。
故に、現実世界で志月が利用していた可能性が高い建物なら、この夢世界の中でも、現実に近い形で再現されている可能性が高く、夢世界で利用する道具の調達が可能なのではと、籠宮家の屋敷に対するアタックを繰り返し始めた頃、慧夢は考えた。
そこで、川神学園の近くにある文房具店に、慧夢は目星をつけたのだ。