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17 今、インターネットで話題沸騰! 永眠病(えいみんびょう)は実在するのか?

「――おはよう、今朝は早いじゃない」


 髪の毛をバスタオルで拭きながら、ダイニングキッチンに入って来た慧夢に、ジーンズにグレーのTシャツというラフな出で立ちの女性が、声をかける。

 目付き以外は慧夢に似ている、三十代中頃に見えるショートヘアーの女性だ。


「おはよう、母さんも早いじゃない」


 慧夢の返事を聞けば分かる通り、フライパンで野菜を炒めている女性は、慧夢の母親で、名は和美かずみという。


「朝風呂でも入ったの?」


「シャワーだよ、寝汗かいたから、気持ち悪くて」


「また悪夢の中にでも入ったんでしょ。あんたが夏以外に朝……風呂に入ったり、シャワー浴びたりする時って、大抵そうじゃない」


 図星である。


「――で、今度はどんな悪夢?」


 答えられる訳も無いので、慧夢は答えずに自分の席に座り、和美がつけっ放しにしている、テーブルの上のテレビに目をやる。

 テレビ画面は、ニュース番組を放送中だ。


 朝のニュースとしては刺激が強く、毒々し過ぎると慧夢には思えるテロップが、表示されているテレビ画面。

 抑揚が有り過ぎる、女子アナウンサーの胡散臭げな語り口も、朝というよりは深夜番組風だ。


 朝から深夜番組のノリで、ニュース番組で採り上げられているのは、最近インターネットで広がっている、とある噂についてのネタであった。


「今、インターネットで話題沸騰! 永眠病えいみんびょうは実在するのか?」


 そんなテロップと共に表示されているのは、インターネットの掲示板やSNSなどで、永眠病関連の様々な噂話について語られる様子を映した、パソコンの画面。


「永眠病か……」


 慧夢も永眠病について、基本的な事は知っていた。

 インターネットで様々なサイトを巡ったり、友人から噂話として聞いたりしていたので。


 今年に入った頃からだろうか? インターネットで永眠病という、謎の病気に関する噂が、広まり始めたのだ。


 ある日、眠りについたまま目覚めなくなり、だいたい半月程で、眠ったまま死を遂げる……つまり永眠するのが、永眠病。

 安らかな眠りについた永眠病の患者の顔は、まるで楽しい夢でも見ているかの様な表情を浮かべていて、何の苦しみも無さそうに、幸せそうな顔で死を迎えるのが、その特徴といえる。


 永眠病を発病した者には、二つの共通点があると言われている。

 一つは皆、人生において深刻な問題を抱えていて、自ら死を選んでもおかしくない程に、絶望していたという点。

 そして、もう一つは……永眠病を発病する前に、インターネット通販で謎の薬を、購入していたという点だ。


 その謎の薬というのが、チルドニュクス(Children of Nyxの略)。

 ギリシャ神話に出て来る夜の女神、ニュクスの子供達という意味の薬である。


 夜の女神ニュクスには、沢山の子供達がいたのだが、その中には眠りの神ヒュプノスと夢の神オネイロス、そして死の神タナトスがいた。

 ニュクスの子供達である、眠りと夢……そして死の神に祝福されたかの如く、安らかに眠りにつき、楽しい夢を見ながら、幸せに死を迎える事が出来るので、その薬はチルドニュクスと命名されたという。


 つまり、人生に絶望して死を選んだ者達が、チルドニュクスを手に入れて服用、安らかに眠りにつき、楽しい夢を見ながら、幸せに人生を終えた結果だというのが、インターネットで語られる、永眠病なのである。

 要するに、謎の薬を使った自殺という説なのだ。


 このインターネットで広まった、永眠病やチルドニュクスについて、「週刊問題」という週刊誌が目を付け、先週……かなり詳細な記事を掲載した。

 永眠病で死んだという人の家族を取材したり、インターネットにおいて高度な匿名化技術を駆使し、何処の誰だか全く分からない正体不明の売人から、チルドニュクスをを購入し、成分を分析するなどして。


 週刊問題の記事は、二つの事実から一つの推論を、導き出していた。

 二つの事実とは、実際に永眠病で死んだ人間は、かなりの数存在するらしいという事。

 そして、実際にインターネット通販で、複数入手されたチルドニュクスは、全て白いカプセルに入った、砂糖と小麦粉の混合物であり、毒でも無ければ薬でも無い、ただの偽薬ぎやくという事だ。


 一つの推論とは、永眠病は自殺願望の持ち主が、チルドニュクスを服用した結果、プラシーボ効果が発生した結果、死に至ったという推論である。

 プラシーボ効果とは、いわゆる偽薬効果ぎやくこうかというもので、何の効果も無い偽薬であっても、服用した者が偽薬だと知らず、本物の薬だと思い込んでいると、本物の薬と同じ効果を発揮する事を言う。


 チルドニュクスを本物だと思い込んで服用した、自殺願望の持ち主達には、チルドニュクスはプラシーボ効果により、噂通りの効果をもたらした。

 結果として、安らかに眠りにつき、楽しい夢を見ながら、幸せの内に死を迎えた……それが永眠病の正体だという、週刊問題の導き出した推論には、説得力があった。


 週刊問題の記事内容は、あっという間にインターネットにも広まった。

 既に永眠病は、自殺願望がある人間が、何の効果も無いチルドニュクスを服用した結果、プラシーボ効果で死に至ったという認識が、永眠病に関するインターネット世代の常識と化してしまっている。


 朝のニュース番組で語られる、永眠病に関する内容は、週刊問題の記事と大差が無かった。

 心理学や大脳生理学の学者のコメント映像により、ある程度の独自性を追加していたとはいえ、一週間遅れのパクり報道とそしられても、文句は言えないだろう。


「一週間遅れで、こんなネタ流すとか、テレビって情報遅いな。しかもパクリ同然の」


 テレビを見ながら、呆れ顔で呟いた慧夢に、和美が声をかける。


「テレビ見て文句言ってる暇があるなら、朝ごはんの支度したく、手伝いなさい! テーブルに皿、並べておいて!」


「はーい」


 気のない返事をしつつ、慧夢は立ち上がると、食器棚に向かい、皿や茶碗を取り出し、食卓の上に並べ始めた。

 テレビは既に、永眠病では無い気楽な芸能ニュースの話題に、切り替わっている。

 男性アイドルと女性アイドルの、交際発覚に関する話題だ。


「あ、こいつら……五月と素似合が好きな奴等やつらじゃん!」


 テレビを見ながら、朝食の支度を手伝う慧夢の興味も、永眠病から芸能ニュースに切り替わってしまっていた。

 慧夢にとって、既に永眠病は終わったも同然のニュースだったのだ……この時点では。


    ×    ×    ×





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