165 次は、ハンヴィーのキーを手に入れないと……
建物の右側には、殆ど人気は無いのだが、それでも植え込みの木々などに身を隠しつつ、慧夢は慎重に駐車場へと近付いて行く。
既に駐車場の右端は見えているのだが、見える範囲に駐車している自動車は、全て普通の乗用車。
駐車場の殆どの部分は、病院の建物に隠れて見えないので、駐車場まで行かなければ、ハンヴィーがあるかどうかは分からない。
緊張しながら慧夢は進み続け、ようやく駐車場の手前まで辿り着く。
そのまま駐車場に足を踏み入れたりはせず、慧夢は建物の陰に身を隠し、慎重に駐車場を覗き込む。
二十台程の自動車が駐車出来る、広々とした駐車場は、その半分程が埋まっていた。
駐車場を埋める一台の自動車を目にして、慧夢の目が輝く。
日本の景色には全く馴染まない、違和感の塊の様な迷彩塗装が施された、角ばった頑丈そうなデザインの、平たくて大きなピックアップトラック風の自動車が、慧夢の目に映ったのだ。
(ハンヴィー……あったッ!)
本来は目立たなくする為の野戦仕様の迷彩塗装は、日本の病院の駐車場では、むしろ目立ち過ぎな程に目立ってしまう。
故に、駐車場を見渡した慧夢は、即座にハンヴィーの存在を確認出来た。
だが、ハンヴィーの存在を確認は、あくまで病院を訪れた目的の、最初の一つに過ぎない。
存在を確認した上で、盗み出さなければならないのだが、その前に一つ……かなり困難なミッションを、慧夢は果たさなければならないのである。
駐車場と付近に、誰もいないのを確認してから、そそくさと慧夢はハンヴィーに駆け寄り、運転席を覗き込む。
そして、キーが挿さっていないのを確認してから、すぐに元の場所……建物の陰に戻る。
(次は、ハンヴィーのキーを手に入れないと……)
キーが無ければ、慧夢はハンヴィーを動かせない。
映画などでは、ステアリング・コラムを分解して配線を弄り、エンジンを直結させて、キー無しに自動車を動かす場面などがあるが、やり方を知らない慧夢には不可能な方法だ。
(キーは籠宮の叔母さんが持ってるんだろうが、あの部屋にいるのかな?)
あの部屋とは、主に志津子が利用している、最上階の部屋だ。
(もしくは、心療内科や神経内科とか言ってたから、その辺りに行けばいるのかも)
どこから、どんな順序で志津子を探すか、慧夢は考える。
(キーは持ち歩かず、部屋の机に置いてたりするかもしれないし、まずは部屋に行ってみるか。あそこなら場所も知ってるし)
先に探す方は決まったが、問題はモブキャラクター達に見付からずに病院内に侵入し、最上階にある部屋まで行く方法だ。
以前に訪れた時よりは少な目とは言え、裏口の奥には人影が何人も見えた。
裏口と表玄関口は、ロビーの様な待合室を通じて繋がっている。
当然、裏口から見えたモブキャラクター達は、待合室にいる訳で、表玄関口から入ったとしても、遭遇するだろう事に変わりは無い。
(表玄関口も裏口も駄目だ、他の入り口を探さないと。通用口とか、開いてる窓とか)
慧夢は病院の建物の周りを移動し、他に入れそうな所を探す。
だが、窓は基本的に閉じられた上で施錠され、通用口も施錠されていた。
(まともに入れそうな所が無いとなると、作るしか無いんだが……)
この場合の「作る」とは、窓ガラスを割る事を意味している。
(人は少な目だし、人がいない部屋の窓なら、割っても音に気付かれないで済むかも)
少なくとも、表玄関や裏口から入るよりは、モブキャラクターに気付かれる可能性は低そうだと、慧夢は判断。
身を屈めて窓を見て周り、無人の部屋の窓を探し出そうとする。
(何だ、この部屋? スポーツジムか?)
覗き込んだ窓の向こう側に、慧夢がイメージする病院の施設とは、余り似合わない感じの、スポーツジム風の部屋があった為、慧夢は立ち止まりつつ自問する。
学校の教室程の広さがある部屋は、一見するとスポーツジム風に見えるのは、様々な運動器具風の物が並んでいるから。
慧夢が覗いたのは、身体の運動機能回復……いわゆるリハビリを行う為の、理学療法室だった。
運動器具風の物は、リハビリ器具だったのである。
(誰もいないし、広いな。ここならガラス割っても、気付かれ難いんじゃないか?)
理学療法室は広い為、中央辺りの窓からだと、両隣の部屋までの距離が、他の部屋に比べて長い。
窓を強引に割ったとしても、両隣の部屋の人に気付かれ難いのではないかと、慧夢は思う。
そして、誰もいない……無人という、探している部屋の条件も、理学療法室は満たしていた。
(他を調べている間に、ここが無人じゃなくなったら馬鹿みたいだし、ここにしよう!)
理学療法室の窓からの侵入を決めた慧夢は、即座に右後ろのポケットから、折り畳み式の斧を取り出す。
本来は自動車の窓ガラスを割る為の斧は、病院のガラス窓を割るのにも、適しているだろうと慧夢は考えたのだ。
一応、周囲に人気が無いのを確認してから、慧夢は鍵の近くに狙いを定め、ボールでも投げるかの様な動きで、斧を窓ガラスに振り下ろす。
破裂音と衝突音が混ざった感じの、耳障りな音が響き、小石の様な破片が慧夢の方にも飛び散り、右手には衝撃が伝わって来る。
厚みもあるし、丈夫なガラスなのだろう。
車窓破壊用の斧でも、一撃で破壊という訳にはいかず、斧の衝突部分に小さな穴が穿たれ、その周囲に雲の巣状に皹が走るだけの状態だ。
慧夢は更に、穴の周囲を三度程、ハンマーの様に斧で打ち付け、破片を撒き散らしつつガラスを砕き、窓に穿たれた穴を広げる。
手が入る程に穴が大きくなった時点で、慧夢は左手を穴に突っ込んで解錠、即座に斧を折り畳み、後ろポケットに仕舞うと、窓を開けて理学療法室の中に侵入する。