164 現実と同じ様に、ハンヴィーが駐車場にありますように……
夕陽に染まった籠宮総合病院は、煉瓦の様な色合いに見える。
夢世界に入る前、慧夢は場所を確認する為、籠宮総合病院の前まで行った事があった。
夢世界で目にする、夕方の籠宮総合病院の姿は、現実で目にした時と全く同じ様に、慧夢には見えた。
素っ気無い古びたデザインも、現実の姿のままだ。
雑居ビルの屋上を後にしてから、慧夢はモブキャラクター達を避ける為、凍り付いた領域を通って、大回りしながら自転車で籠宮総合病院へと向った。
大回りしたのと、夢世界が現実世界よりも時間の流れが速いせいで、既に夢世界では二時間近い時間が過ぎてしまい、夕暮れ時に移行しようとしていた。
籠宮総合病院の裏門から、五十メートル程離れた人気の無い幹線道路に自転車を停め、道路脇の植え込みに身を隠しつつ、慧夢は双眼鏡を覗いて観察する。
観察地点も病院の建物も、凍り付いた領域では無い。
多くの人々……モブキャラクター達が、北側住宅街に動員されている影響なのか、凍り付いた領域ではないにも関わらず、人の姿は疎ら。
患者や家族と思われる人の姿は殆ど見られず、白衣姿の病院職員が散見されるだけだ。
(人が少ないのは有難いが、物陰に隠れながら行かないと、流石に見付かる程度には人がいるな)
この辺りにいるモブキャラクター達が、北側住宅街にいる者達同様に、慧夢を発見次第攻撃に入る様に、志月に操作されているかどうかは分からない。
警備目的ではなく、日常的な光景を演出する為のモブキャラクターとして動いている様に、慧夢には見えたのだが、罠である可能性もあるので、見付からない様に行動するべきだと考えた。
観察地点から病院の裏門までの状況を、慧夢は視認。
病院の裏門から出て来た、バス停に向う老夫婦風の二人連れ以外に、病院までの道に人影は無い(バス停は正門よりも、裏門が近い)。
裏門は慧夢から見て右斜め前方向にあり、椅子が並んだ屋根付きのバス停は、裏門よりも更に右側にある。
老夫婦は裏門から三十メートル程離れているバス停に向う為、慧夢から見ると、右方向を向いて歩いている形になる。
慧夢は自分と籠宮総合病院を隔てる、幅の広い幹線道路の左右を確認する。
人通りも無いが車通りも無く、バスが来そうな様子は全く感じられない。
(車通りが全然無いし、これじゃバスが何時来るか分からないな)
更に、老夫婦風のモブキャラクター達が、自分に背を向けた状態でバス停に向うのを確認してから、慧夢は裏門の左側の様子を確認する。
裏門の左側には、人気は無い。
(左側から行けば、見付からずに済むだろうし……行くか)
悠長に待てる程の時間的余裕は無いし、左側から回り込む様に裏門に向えば、老夫婦風のモブキャラクター達に見付からないと、慧夢は考えた。
慧夢は双眼鏡をリュックにしまうと、植え込みに隠れるのを止め、車通りも人通りも無い幹線道路に身を躍らせる。
バス停に向う老夫婦風のモブキャラクターだけでなく、他の方向へも目を配り、発見されぬ様に気をつけながら、慧夢は忍び足で幹線道路を渡り始める。
車通りは無いので、裏門に向かって一直線に。
病院側の歩道の、裏門付近に辿り着いた慧夢は、バス停に向った老夫婦風のモブキャラクター達が、自分に背を向けたままであるのを視認。
即座に裏門の門柱に身を隠し、緊張で胸を高鳴らせ、背中に冷や汗をかきながら、裏門の中の様子を窺う。
医師の物に比べると、丈が短めでスマートな白衣に身を包んだ女性看護士が、裏口から姿を現す。
裏口といえど、大きさは表玄関口と大差は無く、自動ドアだ。
(おい! こっち来るんじゃないだろうな?!)
慧夢は焦りの表情を浮かべ、何時でも逃げ出せる様に身構えながら、看護士の様子を観察。
だが、看護士は裏門の方には歩いては来ず右折し、駐輪場がある方向に向かって歩き去った。
胸を撫で下ろしつつ、慧夢は裏口付近の様子を確認、人気が無くなったのを視認してから、裏門を通り抜けて、籠宮総合病院の敷地内に侵入。
裏口の前を素早く通り抜け、裏口の向かって右側の方に、慧夢は速足で向う。
裏口がある方から、建物の右側を回り込むルートで、慧夢は正門の右側にある駐車場に向おうとしているのだ。
籠宮総合病院は正門側の左側に駐輪場があり、右側に駐車場がある。
現実世界の志津子は、その正門の右側にある駐車場に、ハンヴィーを駐車していたので、夢世界でも同じ場所にあるだろうと、慧夢は考えたのだ。
(現実と同じ様に、ハンヴィーが駐車場にありますように……)
音を立てぬ様に速足で歩きながら、慧夢は心の中で祈る。
志月の夢世界は、現実の川神市を相当にリアルに再現してはいるのだが、志月が知らない事に関しては、流石に反映され辛い。
志津子がハンヴィーを乗り回して、仕事場である病院に通っているのを、志月が知らない場合は、夢世界にハンヴィーに関する現実が、反映されていない可能性がある。
その場合は病院の駐車場に、ハンヴィーが無いという事態も、起こり得るのだ。
だが、志津子が志月について詳しかったのを、慧夢は実際に会話して知っていた。
故に志津子と志月は親しい親戚同士であり、志月も志津子については詳しいのではないかと考えていた。
親しい親戚である志津子が、病院にハンヴィーで通っている事を、志月は知っているだろうから、夢世界の籠宮総合病院の駐車場には、ハンヴィーが在る確率は高いだろうと、慧夢は考えている。
ただ、それでも不安感が無い訳ではないので、つい心の中で祈ってしまうのである。