159 ――六月十四日、午後九時半……残り二十六時間半ってとこか
夏の陽射は、肌を刺す様に強い。
本物ではない夢世界の陽射なのだが、肌が炙られる感覚は、現実世界と変わりは無い。
志月の夢世界の中は梅雨が明けて、既に夏を迎えている。
志月が梅雨や雨を嫌ってでもいるのだろうか、余り雨も降らぬまま、梅雨は早々と明けてしまった。
現実世界より時間の進行が速い夢の中は、七月十二日の午後三時頃。
五階建ての古びた雑居ビルの屋上で、籠宮家がある川神市北側住宅街の様子を、ごつい大型の双眼鏡で観察していた慧夢は、ふと現実世界の現在時刻が気になり、ポケットから懐中時計を取り出す。
「――六月十四日、午後九時半……残り二十六時間半ってとこか」
双眼鏡のレンズから懐中時計に目線を移し、現実世界の現在時刻を知った慧夢は、げんなりとした口調で呟く。
たまに確認しているので、余り時間の猶予が無いのは分かっているのだが、手詰まりの状態のまま、程無く最終日を迎えてしまう現実を改めて確認すると、矢張り慧夢は焦ってしまうのだ。
夢の鍵の最有力候補であった指輪の破壊に、慧夢は成功した。
だが、指輪は夢の鍵では無かった上、慧夢は志月を明晰夢状態にしてしまった。
明晰夢状態となった志月は、夢世界が作り出したキャラクター達を、意識的にコントロール出来る強敵と化した。
そして、志月はモブキャラクター達を利用して、慧夢への攻撃を開始。
何とか策を尽くして、志月がコントロールするモブキャラクター達から逃げ切った慧夢は、とりあえず凍り付いている領域に退避。
その上で、夢世界に入る前の情報収集で、夢の鍵候補だと思われた人や物が、全て外れだと判明した後、自分がどうするべきなのか、策を練り始めた。
まず、慧夢が考えた策は、陽志と連絡を取る事である。
他のキャラクターと違い、本物の霊魂である陽志なら、本人自身の意思の下に行動している筈であり、尚且つ志月について詳しく、妹である志月の命を救いたいと思っている筈。
陽志が余程の馬鹿で無い限り、慧夢が残した言葉の影響で、この世界が志月の夢世界であり、自分が既に死んでいると、気付いているだろう。
夢世界に入る前に得た情報や、実際に相対した印象から、陽志は馬鹿ではないと慧夢は思っている。
故に、陽志に連絡を取って協力を仰げば、夢の鍵を探し出すヒントを得られるだろうと、慧夢は考えたのだ。
慧夢は即座に、その考え……策を実行に移し始めた。
まずは夢占家の屋敷に、慧夢は再度潜り込もうとしたのだが、それは既に不可能な状況となっていた。
何故なら、おそらくは数千人に達するだろうモブキャラクター達が、北側の住宅街を埋め尽くしていたからである。
慧夢が陽志に接触してくるだろうと予測していた志月が、操作可能な最大の数のモブキャラクター達を掻き集め、籠宮家の屋敷の周囲に配置し、警備を固めたのだ。
慧夢は何度も屋敷に近付こうとしたのだが、その度に多数のモブキャラクター達に気付かれ、襲撃を受けてしまい、逃げ出す羽目になってしまった。
明晰夢状態になったとはいえ、一定の距離まで離れると、凍り付いてしまう事には変わりが無い。
凍り付く領域まで逃げ切れば、モブキャラクター達に襲われる心配は無いのだ(警備のモブキャラクター達は、凍り付いてしまう領域に入る前に、引き返してしまう)。
変装すれば、自分が慧夢だと気付かれないかも知れないと思い、朝霞は変装した上での屋敷への接近も、何度か試みた。
モブキャラクターから奪った服に着替えて、髪型を変えたり眼鏡やサングラスをかけたり、付け髭などを使って変装した上で、屋敷を目指したのだが、モブキャラクター達に正体を見破られ、呆気なく撃退されてしまった。
変装ではなく、とあるゲームのキャラクターを真似て、段ボール箱の中に身を隠し、ゆっくりと屋敷に近付こうとした事もある。
だが、それでも慧夢はモブキャラクター達に気付かれて、ダンボールを奪われて襲撃を受けてしまった。
屋敷に対する様々な接近方法を試した経験から、モブキャラクター達は屋敷に近付こうとする存在自体を、排除する様に命令を受けている様に、朝霞には感じられた。
屋敷に近付くのを見られた時点で、朝霞はモブキャラクター達に襲撃を受けてしまうのだ。
だったら、モブキャラクター達に見付からずに接近するのを諦め、モブキャラクター達を押し退けて、強引に近付けばいいのではと、考えを改めた慧夢は、乗用車を調達。
モブキャラクターを車で押し退けつつ、屋敷を目指す方法に切り替えた。
過去に入った様々な夢の中で、慧夢は車を運転する経験を積んでいた。
夢の主の恋人役として、ドライブの為にスポーツカーを運転する羽目になったりした場合もあれば、ゾンビだらけの夢世界の中で、ゾンビを車で轢きまくったりした場合もある。
故に、ある程度は自動車の運転が出来る慧夢は、凍り付いた領域で調達した乗用車に乗り、凍り付いていない領域に侵入。
道を遮る多数のモブキャラクター達を轢きまくりながら、屋敷に向かって乗用車で突進したのだ。