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158 慧夢なら大丈夫、死んだりなんかしませんよ

「――私もお母様に、謝らなければなりません」


 口火を切ったのは、伽耶だった。


「夢占君が、自分の命を危険に晒す選択をした事については、私にも責任が有りますので」


「先生に、責任?」


 和美の問いに、伽耶は頷く。


「夢占君が学校を休み始める……いや、籠宮さんの夢の中に入る前に、私は夢占君に相談を受けたんです。『自ら死を選んだ他人を、死から救うべきなのか?』という相談を」


 伽耶の言葉を聞いた五月と素似合は、それぞれ気まずそうな表情を、和美と志津子は驚きの表情を浮かべる。


「今なら、『自ら死を選んだ他人』が籠宮さんであり、夢占君が籠宮さんを助けるかどうか、迷っていたのだと分かります。でも、その時の夢占君は、自殺したがっている人を止めようとする、ボランティア団体の人をテーマにしたテレビ番組を見て、そんな疑問を抱いたのだと言っていたので……」


 慧夢との会話を思い出しながら、伽耶は言葉を続ける。


「その時は自ら死を望む人の自殺を、本人の意志を無視してまで止めるべきかどうかについて、私は答えたんです。自殺を考える程に精神的に追い込まれている人に、正しい判断など出来る訳が無いから、本人の意志など無視して、助けるべきだと」


 和美は何故に伽耶が、慧夢が命懸けとなる選択をした事について、責任を感じているのかを理解した。


「あの時の答が間違っていると、私は思ってはいませんが、それでも夢占君の選択に影響を与えた事に、間違いは無いと思います。ですから……」


 伽耶は和美に、深々と頭を下げる。


「申し訳有りません」


 謝る伽耶を見て、戸惑いの表情を浮かべていた五月が、意を決した様に口を開く。


「あの……私も、先生と一緒に部活の時に慧夢に訊かれて、助けるべきだって答えたんです!」


「僕も学校から一緒に帰る時、同じ事を訊かれて、その人の事を救いたいと思うのなら、救わなくていい理由がどれだけ頭に浮かんでも、その全てを振り払って救うべきだって、慧夢に答えました!」


 五月に続いて、素似合も声を上げる。


「そうしないと、その先の人生が後悔ばかりになるって……」


 そして、素似合と五月は和美に頭を下げると、声を揃えて謝罪の言葉を口にする。


「ごめんなさい!」


 伽耶に続いて、五月と素似合の三人に、同時に頭を下げられた和美は、むしろ目尻を下げた困り顔で、三人に声をかける。


「気にしないで、頭を上げて頂戴。私が慧夢に同じ事を訊かれたとしても、同じ様に……助けるべきだって答えたと思うし」


 和美の言葉を聞いて、三人はゆっくりと顔を上げる。

 だが、三人の中で自責の念が、消え去った訳ではない。


 自分の答が間違っているとは、三人共思ってはいない。

 助けるのが……救うのが正しいというのは、ちゃんと考えて出した答なのだから。


 それでも、結果として親しい慧夢が、自分の命を危険に晒す羽目になってしまったのは事実であり、その点について三人は罪悪感を、覚えてしまうのである。


「――今更、言い訳にもならないと思うんだけど、助ける側……慧夢の方に、命の危険があるって、あいつ言わなかったから……」


 搾り出す様な口調で、素似合は続ける。


「命の危険があるって条件なら、死ぬかもしれないって知ってたら、止めていたのに……」


 素似合の呟きに、五月と伽耶も黙って頷く。

 助けるのが正しいと思っていても、自分が親しい人間が、命を危険に晒してもという条件なら、話は別だと考える方が、むしろ人として普通だと言えるだろう。


「慧夢なら大丈夫、死んだりなんかしませんよ」


 何らかの形で、慧夢に命の危険を冒させる羽目になってしまった事に罪悪感を覚え、気まずそうな顔をしていた四人に、和美は笑顔で言い切る。


「あの子は子供の頃から、ずっと人の夢の中に入り続けているんです。誰よりも夢の中に詳しくて、慣れているあの子が、夢の中で誰かに負けたりなんか、する筈が有りません……例え相手が、夢を使って人を殺そうとしてる、不思議な力を持つ者であっても」


 慧夢が夢世界で戦っているのは、直接的には夢の主の志月。

 だが、志月の夢世界で何が起こっているのかを、和美は知らない。


 そんな和美からすれば、志月を永眠病……黒き夢から救い出そうとする慧夢の行為は、チルドニュクスを作り出して配布し、自殺願望のある者達を、黒き夢を使って殺そうとしている者との、戦いに思えたのである。

 だからこそ、勝ち負けがある戦いを行っているという認識で、慧夢が負けないと言ったのだ。


「――それに、親より先に死ぬ様な親不孝……する子じゃありませんよ、あの子は。死ぬのなら、親である私の方が絶対に先、それが順序ってもんですし」


 本当に信じているというよりは、そう願っているという感じの、和美の口調。


「結婚して……孫の顔を親に見せて、親が安心して死んでから、そのずっと先ですよ、子が死ぬのを許されるのは」


 そして、慧夢の寝顔に目線を移しながら、冗談染みた口調で、和美は言葉を付け足す。


「まぁ、慧夢の場合……いまだに彼女の一人も出来た事が無いくらいに、そっちの方面が苦手みたいだから、孫の顔を見せてもらうのは、結構難しそうではあるんだけど」


 四人の気を楽にさせようとした、和美の軽口なのだが、慧夢が「いまだに彼女の一人も出来た事が無い」という話を耳にした四人は、それぞれ別の反応を表情で見せる。

 志津子は意外そうな顔を、伽耶は安堵した様な顔を、五月は分かり切った事だとばかりに頷き、素似合は何か良いアイディアでも思いついたかの様な、楽しげな顔を見せる。


 楽しげな表情を浮かべたせいか、急激に素似合の緊張が緩む。

 結果、ハードなバスケットボール部の練習で体力を消耗し、空腹を覚えていた素似合は、猫が喉を鳴らしているかの様な音を、お腹から響かせてしまう。


 流石に素似合としても、初対面の人間がいる場で、腹を鳴らしてしまうのは恥ずかしかったのか、頬を真っ赤に染めて俯く。

 褐色の肌のせいで、頬を染めても目立たないのだが。


「これ……皆で頂きましょうか。チャイは冷めちゃったかもしれないけど」


 素似合だけでなく皆に、お盆に載っているお菓子とチャイを勧める、和美の言葉を聞いて、五月は勝手知ったる他人の家とばかりに動き出し、ベッドの近くに移動。

 しゃがみ込んでベッドの下から、折りたたみ式のテーブルを取り出すと、部屋の中央でテーブルを広げる。


 円形の卓袱台ちゃぶだい風のテーブルの上に、和美はお盆の上のティーカップや、お菓子が盛られた皿を並べ始める。

 手際良く、ティーカップと皿を並べ終えると、和美はテーブルの周りに腰を下ろす。


 和美に続いて、他の四人もテーブルを囲んで、座り込む。

 五人がテーブルを囲んで、車座で座る形になる。


「どうぞ、召し上がって下さい」


 元々、和美はチャイとお菓子を置いたら、部屋を後にするつもりだった為、自分の分のティーカップは用意していない。

 そんな自分に遠慮するなとばかりの、和美の言葉だ。


「――頂きます」


 ほぼ声を揃えて、来客である四人は食事前の挨拶をする。

 そして、五月と伽耶と志津子はティーカップに口をつけ、素似合はカロリーの高そうなオレンジ色の揚げ菓子、ジュレビを齧り始める。


「飲みながら、食べながらで構わないから、少しばかり聞いて欲しい話があるの。慧夢の持っている能力というか、むしろ特異体質についての話を……」


 和美は飲食を始めた四人に、夢芝居についての話を始める。

 慧夢の能力について知られた以上、四人には教えておくべき事があると、和美は思ったからだ。


 慧夢の能力……夢芝居は、特殊能力であると同時に、特異体質であるという事。

 慧夢が決して、他人の夢を覗きたくて覗いている訳では無く、他人の夢に入らなければ事実上眠れず、結果として身体が衰弱してしまう為、他人の夢に入らざるを得ないのだという事。


 そして、普通は誰の夢に入るか選べるので、見知った人間のプライバシーを尊重する為、なるべく自分が関わらない筈の、見知らぬ人間の夢に入る様にしている事。

 それでも、眠りに入った時に、至近距離に眠っている人がいる場合は、その人の夢に吸い込まれてしまう事。


 五月や素似合などが頻繁に夢に入られるのは、慧夢の近くで眠ってしまう機会が多いからであり、慧夢が望んで二人の夢を覗こうとしていた訳ではない事などを、和美は説明した。

 慧夢が望んで、他人のプライバシーに属する情報が溢れる夢に、入り続けている訳でないのを、和美は四人に知っておいて欲しかったのだ。


 そんな風に、慧夢に関する和美の話に、来客の四人が耳を傾けている頃、幽体となって志月の夢世界の中にいる、当の慧夢本人は、相当に追い込まれていた。

 期限まで一日と数時間しか残されていないのに、完全に手詰まりと言える状況にあったのだ……。


    ×    ×    ×



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