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157 実際に夢占君と話したのは、一晩だけ……。そんな私には、彼がどの様な人間なのかを語る資格など、無いのかも知れません

「実際に夢占君と話したのは、一晩だけ……。そんな私には、彼がどの様な人間なのかを語る資格など、無いのかも知れません」


 深刻そのものだった志津子の表情が、僅かに緩む。

 志月が永眠病を発症して以降、辛いばかりだった日々の中で、数少ない楽しかった記憶である慧夢との会話を、思い出したせいだ。


「今思えばしたたかさは感じますし、普段は凝った悪戯を仕掛けたりする、悪戯っ子なのかも……。ですが、兄を助けてくれた様に、困っている人を見かけたならば、助ける為に行動を起こせる子だと、私は思っています」


 志津子が慧夢を「困っている人を見かけたならば、助ける為に行動を起こせる子」と評したのを耳にして、和美は嬉しそうな表情を浮かべ、他の三人はそれぞれ何かが思い当たったのだろう、同意するかの様に頷く。

 同意の程度が他の二人より強いのか、素似合の頷きは特に大きい。


「そんな夢占君が、今……病気で死の縁にいるかもしれない人間をネタにして、悪戯を仕掛ける様な真似をするなんて、私には思えないんですよ」


 五月や素似合……それに伽耶も、再び頷いてみせる。

 慧夢の悪戯かもしれないと言い出した本人である五月も、志津子の話を聞いて考え直した格好だ。


「――だから、私は夢占君の置手紙の内容は、本当の話なんだと……信じています。例え、夢占君のお母様が否定なさっても」


 既に志津子は、慧夢が志月を助ける為に、夢の中に入っているという置手紙の内容は、真実なのだと確信していた。

 和美からの言葉で、明確な答を知れたのなら、その方が良かったとも思ってはいたのだが。


 慧夢が他者の夢の中に入る能力を持ち、志月の命を救う為に、夢の中に入った事を知った今、志津子が夢占家を訪れた当初の目的は、達せられていた。

 だが、置手紙の内容を知った志津子には、新たに果たさなければならない目的が、出来てしまっていた。


 その目的を果たす為の行動を、志津子は起こし始める。

 手にした記事のコピーと、脇に挟んでいたビジネスバッグを足元に置くと、志津子は深々と和美に頭を下げる。


「え、何?」


 いきなり志津子に頭を下げられて、和美は戸惑いの表情を浮かべる。


「――医師としての私の力が至らないばかりに、息子さんを危険な目に遭わせる羽目になってしまって、誠に申し訳ありません」


 志津子が和美に謝罪したのは、本来なら自分が医師として救わなければならない患者であり、身内でもある志月を、慧夢が命懸けで救おうとする羽目になってしまったからだ。

 永眠病の患者の夢に入って命を救うには、夢占流の霊力を持つ慧夢であっても、命の危険を冒さなければならないのを、置手紙を五月が読み上げるまで、志津子は知らなかった。


 つまり、和美の大切な息子である慧夢が、命の危険を冒す羽目になったのは、自分の所為せいでもあると考え、志津子は自身の責任を痛感していたのだ。

 故に、志津子は和美に対し、謝罪したのである。


 志津子の言葉を聞いて、謝罪の意味を理解した和美は、頭を下げたままの志津子の後頭部を見下ろしつつ、困った様な表情を浮かべる。

 そして、少しの間……考え込んだ後、大きく深呼吸してから、和美に話しかける。


「――頭を上げて下さい、息子が……慧夢が自分でやると決めて、やっている事なんですから」


 責めるトーンなど微塵も感じさせない、柔らかい口調の言葉。

 慧夢の置手紙の内容が、事実だと認めるに等しい内容の。


 迷った挙句、和美が事実を認めた理由は、単純なものではない。

 夢の中に入る能力を持つ、夢占流の情報を掴み、置手紙の内容まで知り、慧夢が志月の夢に入っているのを、既に確信している志津子相手に否定しても、無駄だろうと和美が考えたのが、理由の一つである。


 そして、「困っている人を見かけたならば、助ける為に行動を起こせる子」だと、志津子に慧夢を評されたのが嬉しかった事。

 身内であり患者でもある志月の為に、相当に憔悴し切っているのが見て分かる、志津子への同情。

 息子である慧夢が、命懸けで人を救おうとしている事を、家族以外の誰かにも知って欲しいという親心など、様々な理由が和美に決心させたのだ。

 志津子だけでなく、今……この場にいる、慧夢を見舞いに来た者達になら、慧夢の秘密を知られても、構わないだろうと。


「ただ……夢占流の事や、慧夢の能力については、黙っていて下さいね」


 和美の言葉を受けて、顔を上げた志津子は即答する。


「それは、勿論!」


 志津子の言葉に頷いてから、和美は他の三人の方を向いて、語りかける。


「五月ちゃんと素似合ちゃん、当摩先生も……この話は秘密にして、これまで慧夢に夢の中に入られた事は、許してあげてね。慧夢のパソコンの中を覗いた事は、許しますから」


 驚きの余り声も出ないという感じで、三人は大きく頷く。

 和美の言葉は、慧夢の置手紙の内容が事実だと、認めたも同然であったのだから、五月と素似合、そして伽耶が驚くのも、当然と言える。


 この和美の言葉を聞いた結果、慧夢が人の夢に入れる特殊能力者であり、今現在……志月の命を救う為に、命懸けで志月の夢に入っているという事実を、志津子に遅れて三人も受け入れる事になった。

 そんな三人の頭に、慧夢が志月の夢の中に入る前、慧夢と交わした様々な会話が甦る。


 その結果、志津子と同種の罪悪感を、五月と素似合……伽耶の三人は、覚え始める。




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