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156 医師としては信じ難い話ですが、この記事に書かれた話を、私は信じたい……いや、信じられるんです。何故なら夢占君は、私の夢の中にも入って来たんですから!

 黙って最後まで聴いていた和美が、意を決した様に口を開く。


「――オカルト雑誌の記事じゃないですか、そんな……人の夢の中に入れるだなんて……」


 和美の言葉を遮る様に、志津子は話を続ける。


「籠宮志月は私の姪で、私は志月の担当医なんです」


 志月の名を聞いて、はっとした表情を浮かべ、和美は言葉を途切れさせる。

 置手紙の中に記された、永眠病になったクラスメートの名が籠宮志月であったのを、和美は覚えていたのだ。


「夢占君の置手紙に書かれていた通り、志月はチルドニュクスを飲んだ後、永眠病としか考えられない状態に陥りました」


「――永眠病って、ただのデマじゃないの? チルドニュクスって、ただの小麦粉なんでしょ?」


 口を挟んだのは、五月である。

 永眠病が実在するかの様な発言を、医師である志津子がしたのに驚いて、思わず問いかけてしまったという感じで。


「チルドニュクスが小麦粉だというのは事実だけど、チルドニュクスを飲んだ人間が、永眠病という噂で語られているのと、同様の症状を引き起こすのは事実です」


 志津子は真剣な口調で、五月の問いに答える。

 嘘でも冗談でも無いと、その場にいる人間に分かる様に。


「情報が錯綜している為、正確な発症者の人数すら把握出来ない状態ですけど、親しい医師がいる病院では、既に犠牲者まで出ています……情報は病院側が自主的に抑えているので、関係者以外には知られていませんが」


「それって、あの……偽薬効果とかいう奴じゃないんですか?」


 伽耶の問いかけに、志月は首を横に振る。


「偽薬であると知られた時点で、偽薬効果は無いか、あったとしても弱い筈なんですよ」


「――成る程」


「それに、脳を中心に色々な検査を行い続けているんですが、明らかに有り得ない検査結果が出続けているんで……」


 志津子は伽耶の問いへの返答に、付け加える。


「偽薬効果である可能性は無いというのが、チルドニュクスを飲んだ結果、永眠病と思われる症状を引き起こした患者を診ている医師達の、現時点での共通した認識です」


 伽耶から和美に目線を移し、志津子は和美相手の話を再開する。


「私は志月に、考えられる限りの医学的な治療を施しました……かなりのリスクがある治療法まで含めて。ですが、全く何の治療効果も有りませんでした」


 志津子の口調と表情からは、隠し切れない口惜しさが滲み出ている。


「効果どころか、本来なら発生する筈の副作用……悪影響まで含めて、身体に影響を一切与えられないという、有り得ない状況が続いています。医学的に有り得ない筈なんです、こんな事は」


 一呼吸置いてから、志津子は話を続ける。


「――医師として可能な手は、既に使い切りました。そんな時、医師として……医者としての私に、志月にしてやれる事が無くなり、後は志月の死を待つしかない状況に陥った時に、友人の医師が『これ』を送ってくれて、思い出したんですよ。大学時代に知った、夢占流の話を」


 手にした雑誌の記事のコピーを、志津子は指し示す。


「医師としては信じ難い話ですが、この記事に書かれた話を、私は信じたい……いや、信じられるんです。何故なら夢占君は、私の夢の中にも入って来たんですから!」


 志津子の夢の中に、慧夢が入っていたという話を聞いて、その場にいた者達は、驚きの表情を浮かべる。


「夢占君と知り合った時に、不思議な事に初めて会った気がしなかったんですが、この記事を読んで、その理由が分かったんです」


「実際に出会う前に、夢の中で慧夢と会っていた……とか?」


 五月の問いに、志津子は頷く。


「私と兄が、永眠病らしい志月の病状について話している夢の中に、夢占君は出て来たんです。その後、実際に出会って食事した時も、夢占君は志月と永眠病についての話を、上手く私から聞き出していました」


 志津子が慧夢と食事をしたという話を聞いて、伽耶は微妙に表情を強張らせる。


「――今になってみれば、夢占君は志月の担当医で身内の私に、夢の中でも現実でも、探りを入れていたんだろうと思えてなりません。志月の夢の中に入って、志月を助けるのに、必要な情報を手に入れる為に」


 記事の最後の部分を、再び志津子は音読する。


「もしもあなたが、夢や眠りに関する深刻な問題に遭遇し、医者も科学者も太刀打ち出来ない時には、夢占という苗字の人間を探すと良いのかもしれない。夢占の夢占い師なら夢の中に入り、その問題を解決してくれるかもしれないのだから……」


 先ほどよりも感情が込められた、訴えかける様な口調で、音読を終えた志津子は、更に言葉を続ける。


「この記事の言葉を借りるなら、私は『夢や眠りに関する深刻な問題に遭遇し、医者も科学者も太刀打ち出来ない時』を迎えた人間です。そして、探さずとも夢占という苗字の人間を知っていたので、今日……夢占君に会いに来ました」


 眠っている慧夢に、志津子は視線を移動させる。


「夢占君なら、永眠病の魔の手から志月を救い出せないという、私が抱えている問題を、解決してくれるのかもしれないと期待して……」


 志津子は慧夢から、ファイルが開かれたままのノートパソコンに、目線を移す。


「――そしたら、夢占君は志月同様に眠っていて、パソコンの中の置手紙の内容を、知る事になったんです。夢占君が永眠病の志月の夢に、志月を助ける為に入ったという……しかも、命の危険が有るというのに」


 ノートパソコンから慧夢に、志津子は目線を移し、その寝顔を見詰める。



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