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155 あの……おばさん、慧夢が本当に夢の中に入る特殊能力を持っていて、今……永眠病で眠ったままの籠宮志月っていう、クラスメートの夢の中に入ってるって話……本当?

「これ、パソコンの中身を覗かれてるのに気付いた慧夢が、仕返しのつもりで仕掛けた、悪戯……だったりすると思う?」


 五月の問いに、素似合は首を傾げる。


「妙に凝った悪戯仕掛ける時があるから、その可能性もあるだろうけど……」


「『靴を含めた服装や持ち物は、決して弄らない様にして下さい』って書いてあるんだよな?」


 伽耶は五月達に確認を取りつつ、ベッドの方を向いて、慧夢の身体を隠している毛布をめくる。

 すると、夏用の制服を着て、青いスニーカーを履いている慧夢の身体と足が、姿を現す。


 明らかに普通の病人の寝姿では無い慧夢を見て、四人は驚きの表情を浮かべる。


「学校休む程に体調が悪いのに、悪戯を仕掛ける為に、こんな寝苦しい格好で寝るもんかな?」


「僕等が見舞いに来たのに気付いて、急いで制服に着替えて、靴を履いたとか」


 素似合と五月は、いきなり見舞いに訪れて、慧夢を驚かせようとしていた為、事前にメッセージなどの連絡は入れていない。

 故に、見舞いが訪れたのを知ったのは、ほんの少し前という事になる。


「あたし達が来たのを知って着替えたのなら、夢占は起きている筈だろ。狸寝入りには見えないけど」


 伽耶の言葉を聞いた志津子は、慧夢の頭の方に移動する。

 そして、慧夢の顔に手を伸ばすと、右目の瞼を開いて瞳孔の状態を確認してから、口を開いて口腔の状態を確認。


「瞳孔は縮んでいるし、口の中の唾液量も少なめで、さっき見ていた時の様子だと、唾液の嚥下ペースも低い。狸寝入りではなく、まず間違いなく眠っている筈です」


 睡眠時は唾液の分泌量が著しく下がり、唾液を飲み下す……嚥下するペースが落ちる。

 医師である志津子は、特に意識してという訳でもないが、寝ている慧夢の姿を目にした時、唾液を嚥下する動きが睡眠時のそれであるのを、視認していたのだ。


 志津子の言動から、志津子が医師であるのを、他の三人は思い出した。

 医師である志津子が眠っているというなら、事実なのだろうと三人も思う。


「――つまり、この置手紙に書いてある事は、本当な訳?」


 五月の問いかけに、誰かが答を返すより先に、部屋のドアが開いて、和美が姿を現す。

 お盆の上にはティーカップが四つと、お菓子が盛られた皿が置かれている。


「お待たせ! 友達からインドのお菓子を貰ったんで、インド風にチャイを淹れてみたら、時間がかかっちゃって……」


 皿に盛られたオレンジ色の揚げ菓子ジュレビや、白いミルクケーキ風のバルフィなどは、友人に大量に貰ったばかりのインド菓子。

 ティーカップを満たす濃いミルクティー風の飲み物は、インド式のミルクティー……いわゆるチャイだった。


 四人は一斉に和美に視線を集中した後、視線を戻して顔を見合わせる。

 無言でお互いの意志を、確認するかの様に。


 そんな四人の様子を見て、異常な雰囲気を察した和美は、恐る恐る四人に問いかける。


「――どうかしたの?」


 学校側の三人では最年長の伽耶が、代表して問いに答えようと口を開きかけるが、その前に五月が声を発してしまう。

 パソコンの中身を率先して覗いた自分が、そうすべきだと考えたからだ。


「あの……おばさん、慧夢が本当に夢の中に入る特殊能力を持っていて、今……永眠病で眠ったままの籠宮志月っていう、クラスメートの夢の中に入ってるって話……本当?」


 驚きの余り、和美の表情が強張り、身体が動きを止める。

 急に立ち止まったせいで、手にしたお盆の上のティーカップから、チャイが僅かに零れる。


「すいません、おばさん! 慧夢のパソコンの中……勝手に覗いちゃいました!」


 謝罪の言葉を口にしてから、五月は話を続ける。


「そしたら、おじさんとおばさんに宛てた、慧夢の置手紙を見つけちゃって……」


 慧夢が残した置手紙が、パソコンで書かれていたのを、和美は思い出す。

 当然、慧夢のパソコンの中を覗けば、その元のファイルがあるだろうとも、和美は考える。


 どうするべきなのか、和美は迷う。

 パソコンを勝手に覗いた事を怒ったり、慧夢の悪戯だろうと惚けてみたりして、この場をやり過ごす方向での選択肢が、和美の頭に浮かぶ。


 迷う段階となり表情の硬直が解け、目線を泳がせ始めた和美を目にして、志津子が動きを見せる。

 和美の表情から、おそらくは誤魔化してやり過ごす方向で、迷っているのではと察した志津子は、誤魔化し辛くなる証拠を、この場で持ち出すべきだと判断したのだ。


 志津子は手にしていたビジネスバッグを開けると、中から折り畳まれた茶封筒を取り出す。

 広げたら、大きめの雑誌が入りそうな程の大きさがある茶封筒には、他の封筒と区別する為か、「夢占流についての記事」と走り書きがしてある。


「すいません、ちょっとこれ……見て貰えませんか?」

 志津子は茶封筒から、数枚の紙を取り出しながら、ドアの近くで硬直している和美に歩み寄る。

 和美の前で立ち止まり、志津子は紙芝居の様に、和美に紙を見せ始める。


「これは、医大時代に心理学の教授に、講義で見せて貰った資料のコピーなんですが……」


 五月や素似合、そして伽耶も志津子の近くに移動し、和美と共に志津子が持ち出した資料を、覗き込み始める。


「終戦後に発行されたオカルト雑誌の、江戸時代から明治にかけて活躍したと言われる、夢占流という流派の夢占い師について、書かれた記事です」


 夢占流という言葉を耳にした和美は、目を見開き……記事を凝視する。

 大きな文字で印刷された、「人の夢の中に入り込む江戸の怪人、夢占幻夢斎」というタイトルの記事を。

 志津子は記事の内容を要約し、和美に語って聞かせる。

 江戸時代に活躍した夢占幻夢斎を開祖とする夢占流の夢占い師は、ただの夢占い師ではなく、人の夢の中に入り込める特殊な能力を持っていた事。


 夢に入れる能力を使い、夢占家の夢占い師達は明治時代までは、人々の夢に関わる問題を解決し続けて来た事。

 夢占流の能力は、子孫に受け継がれる性質であった事などを。


 そして、志津子は記事を締め括る部分だけは、要約ではなく、音読して聞かせる。


「もしもあなたが、夢や眠りに関する深刻な問題に遭遇し、医者も科学者も太刀打ち出来ない時には、夢占という苗字の人間を探すと良いのかもしれない。夢占の夢占い師なら夢の中に入り、その問題を解決してくれるかもしれないのだから……」



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