154 ああ、これか……って、何だよこれ? 籠宮の夢に入るって?
ノートパソコンにはフォルダやソフト、ファイルなどのアイコンが、整然と並んでいる。
だが、五月はアイコンには目もくれず、スタートメニューをクリックする。
「まずは『最近使った項目』のチェックから……と。大抵、一番最後に使ったエロいのが、この中にあるから」
エロ画像や動画などが隠されてるフォルダよりも先に、五月は最近使ったファイルを表示する「最近使った項目」の方をチェックする。
その中には殆どの場合、慧夢が最後に使用した、エロ画像や動画のファイルが含まれているからだ。
単に掻き集められている多数のファイルよりも、実際に使われたファイルを覗き見た方が面白いという、五月の興味本位の行動である。
その興味本位の行動の結果、五月は奇妙なファイル名を、見つけ出してしまう。
「何……これ?」
奇妙なファイル名を目にして、五月が訝しげな表情で、素似合に問いかける。
「どれ?」
五月と共にモニターを覗き込んでいたが、そのファイル名の存在に気付かなかった素似合に、五月は気になるファイル名を指し示して見せる。
「ああ、これか……って、何だよこれ? 籠宮の夢に入るって?」
素似合がファイル名を目にして、大きな目を見開きつつ、驚きの声を上げる。
「――何の話だ?」
伽耶は五月と素似合の近くに歩み寄りながら、訝しげな表情で二人に問いかける。
五月と素似合が、意味の分からない事を口にし始めたのが、伽耶は気になったのだ。
志津子も伽耶に続いて、五月や素似合の近くに移動する。
ただし、志津子の表情は伽耶とは違い、真実に近付きある探偵が浮かべる様な、期待と興奮に満ちた風であった。
素似合は、伽耶と志津子がノートパソコンを覗き込み易い様に、慧夢の机を前にして、膝立ちの姿勢を取る。
結果、五月と素似合の後ろに、伽耶と志津子が立つという配置で、四人は机の上のノートパソコンを覗き込む形になる。
「ファイル名、続きがあるみたい」
ファイル名は長く、その全てが表示されていない様だったので、五月は表示方法を変更し、ファイル名が全て表示される様にする。
すると、「籠宮の夢に入る際の置手紙」という、ファイル名全体が表示される。
四人はファイル名を目にして、思わず黙り込んでしまう。
ファイル名を文字通り解釈すれば、そのファイルは慧夢が籠宮……つまり志月の夢の中に入る時に、残しておく置手紙だという事になるからだ。
慧夢自身は普段、夢の中に入る能力を持っているという、自身に関する噂を否定している。
そんな慧夢本人のパソコンの中に、その能力を持っている前提で付けられたとしか、思えない名前のファイルがある。
当然、パソコンを覗き込んでいる四人は、強い興味を惹かれてしまい、そのファイルの中身を見たいという誘惑から逃れられない。
それが良く無い事であるのは、分かっていても。
五月以外の三人は、眠ったままの慧夢に申し訳なさそうな目線を送ったりはするが、誰も五月を止めようとはしない。
「――開くよ」
そう言い放ってから、アイコンをクリックする直前で動きを止めていた五月は、誰も止める者がいないのを確認する為、数秒間待つ。
そして、止める者がいなかったので、五月はアイコンをクリックする。
シンプルなテキストエディタのファイルが開かれ、モニターが真っ白になる。
文字サイズのせいで、後ろから覗き込んでいる二人には読み辛いかも知れないと思った五月は、画面の文字を音読し始める。
「父さんと母さんへ……夢占慧夢。おじさんとおばさんに向けた、慧夢の置手紙みたい」
他には何も書かれていないので、五月は次のページに進む。
「――この手紙を父さんや母さんが読んでいるという事は、朝になっても俺が目覚めていないんでしょう……」
そこはかとなく遺書を思わせる様な冒頭部分から、五月は音読を再開する。
驚きの余り、思わず言葉が途切れそうになるのを堪えながら、五月は最後まで一気に手紙を読み続けた。
慧夢が目覚めないのは、永眠病となった志月の命を救う為、黒き夢に入ったせいで、夢の鍵を破壊しない限り、志月も自分も夢から目覚めずに、六月十六日を迎えると同時に死ぬ事。
そして、命懸けであっても、そうすべきだと慧夢が決意した理由についてなどを、記した置手紙の内容を、五月が音読するのを聞いていた三人も……言葉が出ない程に驚いていた。
手紙の内容は、慧夢が夢の中に入る能力を持っていると、冗談半分で主張していた五月にとっても、夢占流の存在に関する知識を、既に得ていた志津子にとっても、衝撃的な内容だった。
無論、慧夢が夢の中に出て来た事はあっても、慧夢が夢の中に入る能力を持っているなどとは、欠片も信じた事が無かった素似合や伽耶の驚きは、五月や志月以上だ。