152 見舞いに来てくれたのは嬉しいんだけど、今……慧夢は五月ちゃん達の相手は、出来ないと思うのよね
「似てる誰かって、先生じゃない? 男っぽいスーツが似合ってるし、背が高いし」
ハンヴィーとの比較から、運転手の女が伽耶と同程度の長身だと、五月は察したのだ。
「先生にも少し似てるかな。でも、違うんだ……他の誰かに似てる気がする」
素似合が最初に似ていると感じたのは、伽耶ではなかった。
それが誰なのか、中々思い浮かばない素似合は、女の顔が気になってしまい、つい通り過ぎた十字路の方を、振り返ってしまう。
素似合の視界に、女の姿が映る……素似合達の後から、同じ方向に向かって歩いて来る女の姿が。
「――あの女、ついて来てる。ひょっとしたら、僕達が見てたの……気付かれたのかな?」
振り返るのを止めて、やや不安そうに呟いた素似合の言葉を聞いて、にべもなく五月が常識的な意見を言い放つ。
「目的地が同じ方向なだけでしょ。あのコインパーキングに駐車したって事は、この辺りの家に用があるんだろうし」
この辺りの家……と表現した通り、辺りは住宅地となっている。
市の南側にある住宅地であり、既に慧夢の家も間近に迫っているのだ。
「それは、確かに」
自分が考え過ぎであるのに気付いた素似合は、普段よりは赤味がさして見える、何の変哲も無い住宅に目をやる。
「目的地といえば、僕等の目的地も……そろそろだね」
素似合の目線の先にある、何の変哲も無い二階建ての住宅こそが夢占家。
三人が目指す、目的地だ。
程無く、三人はブロック塀に囲まれた、シンプルな門構えの夢占家の前に辿り着く。
門柱に備え付けられたインターホンのボタンを、五月が慣れた手付きで押す間に、伽耶は自転車を門の近くに停める。
数秒が過ぎ、インターホンが声を発する。和美の声だ。
「どちら様?」
「五月です、慧夢の見舞いに来ました! あと、素似合と当摩先生も一緒です!」
「え? 先生も?」
慧夢が休み続けているので、五月や素似合が見舞いに来るのは、和美にとっても想定の範囲内。
でも、担任の伽耶までもが一緒に見舞いに来るのは、和美にとっては想定の範囲外だったので、和美の声は驚きのトーンを帯びていた。
「見舞いに来てくれたのは嬉しいんだけど、今……慧夢は五月ちゃん達の相手は、出来ないと思うのよね」
「そんなに悪いんですか?」
心配そうな五月の問いかけを聞いて、和美は気まずそうに言葉を返す。
「あ、いや……身体の方は、かなり良くなったんだけど、身体の調子崩して休んでる間に、生活のリズムが崩れたみたいで、慧夢は今……眠ってるのよ」
和美の言葉を聞いて、五月だけでなく、門の前にいる者達は皆、安堵の表情を浮かべる。
「夢占君のお母様ですか? 担任の当摩です」
インターホン越しの会話に、伽耶が割って入る。
「夢占君の身体の調子が悪くて、会える状態ではないというなら、このまま帰りますが、そうでないなら……眠っているのだとしても、大事が無さそうな顔くらいは確認しておきたいので、出来れば……」
「――そうですか、先生がそう仰るなら……」
担任である伽耶の言葉を聞いて、和美は見舞いの受け入れを決める。
「少しお待ち下さい、今……ドアを開けますんで」
その言葉を最後に、インターホンが切れる。
そして、十数秒が過ぎてから、ガチャリと音を立てて、門扉から三メートル程離れた、見た目は木目風ではあるが金属製のドアが開き、ジーンズに白いTシャツという、ラフな出で立ちの和美が姿を現す。
「どうぞ!」
和美は門扉の前にいる来客達に、声をかける。
直後、戸惑った風に小首を傾げながら、和美は一番手前にいる五月に問いかける。
「五月ちゃん……そちらの方は?」
インターホン越しの会話で聞いていたのより、来客が一人多い事に、和美は気付いたのだ。
「そちらの方?」
何の事だか分からず、五月は和美が手で示した「そちら」の方……背後を振り返る。
そして、和美の言う「そちらの方」の姿を視認し、五月は驚きの表情を浮かべる。
五月だけではない、ほぼ同時に後ろを振り返った素似合や伽耶も、同様の表情を浮かべた。
名前などは知らないが、「そちらの方」は、素似合達にも見覚えがあったので。
和美の言うところの「そちらの方」とは、ハンヴィーを運転していた女だった。
女は五月達の後ろをついて来ているかの様に、歩いて来ていたのだが、その目的地は同じ夢占家であったのだ。
先に夢占家に辿り着いた五月達が、インターホン越しに会話を始めてしまったので、どうしたものかとばかりに、女は五月達の背後で、所在なげにしていたのである。
むしろ、和美に気付かれて幸いとばかりに、女は和美に話しかけ始める。
「偶然、同じタイミングでの訪問になってしまったんですが、この方々とは別件の者でして」
和美に軽く会釈をしてから、女は自己紹介を始める。
「籠宮総合病院の、籠宮志津子です。先日は電話だけのお礼で、失礼しました」
「ああ、慧夢が助けた人の妹さんの、女医さん!」
女……志津子の名前を聞いて、和美は志津子からの電話を思い出し、納得したかの様に何度も頷く。
「今日は夢占君に、ちゃんとお礼をするついでに、少しばかり話でもと思って、来てみたんですが……見舞いの方々が訪れているという事は、お身体の方が悪いみたいですね、夢占君」
前にいる五月達の方に目線を移し、軽く会釈してから、志津子は謝罪の言葉を口にする。
「すいません、話……聞こえてしまったもので。盗み聞きするつもりは無かったんですけど」
伽耶が三人を代表して、志津子の謝罪に言葉を返す。
「あ、いえ……お気になさらず」
安堵の表情を浮かべてから、視線を伽耶達から和美に戻し、志津子は口を開く。
「夢占君と話せないのは残念ですが、せっかくですので私も見舞わせて貰いたいんですが……ご迷惑でなければ」
「ご迷惑だなんて、そんな! どうぞ、眠ったままですけど……見舞ってやって下さい」
和美は嬉しそうに、志津子の申し出を受け入れる。
「籠宮総合病院で籠宮姓という事は、失礼ですが籠宮志月さんの、御身内の方?」
五月や素似合同様、志津子が志月の親類ではないかと察し、驚きの表情を浮かべていた伽耶が、志津子に問いかける。
「志月なら、私の姪……兄の娘ですが、志月を御存知で?」
「あ、川神学園高等部で、志月さんのクラスの担任を務めている、当摩伽耶です」
お互いが志月の関係者だと知った、伽耶と志津子は、軽く会釈する。
「――誰に似てるのか分かった。籠宮に似てたんだ」
素似合は五月に、そっと耳打ちをする。
性格や雰囲気は違うのだが、志津子と志月の顔立ちは、遠目では分かり難かったが、間近で見ると良く似ていた。
「門の外で立ち話も何ですから、どうぞ中の方へ」
和美の言葉に、門の前にいる四人が頷く。
四人は門扉を開けて玄関に足を踏み入れると、和美に招き入れられる形で、夢占家の中に上がり込んだ。
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