151 男友達の部屋に行けばエロ本を探し、女友達に行けば下着を探すのが、お約束のイベントという奴ですから
「ここんとこ部活忙しかったし、慧夢ん家行ったの……先々週以来だ。五月は?」
三人が校門を出てから、数分が過ぎた頃合。
歩道を歩きつつ、素似合は五月に問いかける。
「私もマンガの方で忙しかったし、あんたと一緒に行ったのが最後。その後、慧夢にウチに来て貰って、アシスタントして貰ったりはしたけど」
五月と素似合の会話を聞いていた伽耶は、気になる様子で二人に訊ねる。
「お前等、普段から夢占の家に行ってるのか?」
「――腐れ縁の幼馴染で、五月なんかは親同士も仲が良いから、子供の頃から行き来はしてるかな」
「エロ本の隠し場所を常に把握してる程度には、慧夢の部屋には遊びに行ってますね」
しれっとした口調の五月の言葉を聞いて、伽耶は少しだけ恥ずかしそうに呟く。
「男の子の部屋で、エロ本って……」
「男友達の部屋に行けばエロ本を探し、女友達に行けば下着を探すのが、お約束のイベントという奴ですから」
「お約束のイベント?」
五月からすれば、フィクションなどで有り勝ちなネタを揶揄したギャグであり、そんな真似をするのは慧夢や素似合相手くらいなのだが、伽耶にはギャグの意味が通じていない。
「まぁ、慧夢がパソコンを買って貰ってからは、エロ系はパソコンの中に入るデジタルのが増えたけど、そっちはそっちで把握済みって奴で」
「――把握済みって、どうやって?」
伽耶の問いに、五月が平然とした顔で答える。
「慧夢がトイレとかで部屋から出てる間に、パソコンの中覗いて。あいつのパソコンのパスワード、大抵その時にはまってる二次元キャラの名前だから、隙が有れば簡単に覗けるんで」
「駄目だろ、人のパソコンの中を覗いたら!」
「パソコン内のエロいものチェックも、お約束のイベントの延長な上、性犯罪を誘発しかねない異常なエロに、幼馴染が手を出さない様、密かに見守る為……つまりは慧夢の為にやってる事なんで、良いんですよ」
当然と言わんばかりの口調で、五月は自身の行動を正当化する。
もっとも、エロ系のコンテンツのせいで、慧夢に限らず人が犯罪に走るなどと、五月は欠片も思ってはいないので、単なる口から出任せレベルの言い訳なのだが。
五月にしろ素似合にしろ、慧夢の部屋やパソコンの中から、エロ系のものを漁るのは、あくまで興味本位の行動でしかない。
「幾ら夢占の為でもな……」
伽耶の窘めの言葉に、素似合の大声が重なる。
「そういえば、この前チェックした時は、女教師物も結構あったな」
「え?」
女教師という言葉に反応し、伽耶は驚きの表情を浮かべつつ、目線を五月から素似合に移す。
「慧夢の奴、女教師趣味……というか、年上趣味にでも目覚めたのかねぇ」
素似合は冗談めかした口調で、伽耶に問いかける。
「案外、当摩先生とか……慧夢の好みだったりするのかも?」
素似合に問いかけられた伽耶は、一瞬だけ表情を嬉しそうに綻ばせるが、すぐに表情を引き締め直し、口を開く。
「いや、そんな事は無いだろ。それに、仮に何かの間違いで、そうだとしても……流石に教師と生徒というのは、色々と問題あるじゃないか。年齢だけでなく、その……社会的な立場とかな」
「無用な心配だよ、そもそも慧夢は二次元の女にしか興味無いんで、現実の女である先生に、そういう種類の興味は持たないから」
事も無げな口調で、五月は言い切る。
「――夢占がオタク趣味なのは知ってるけど、そこまで酷くはないだろ。普段、興味ない様な事を言っていても、年頃の男の子なんだし、現実の女にだって興味はあるさ」
興味は持たれないと断言されたのが、少しだけ気に障った伽耶は、五月に反論する。
「あいつの場合、現実の女に興味が無い訳じゃないんじゃないかな」
五月とも伽耶とも違う意見を、素似合は口にする。
「昔……拗らせた女性不信が、まだ少しだけ残っているから、現実の女を恋愛対象にするのに、やや抵抗があるくらいの話で」
慧夢が何らかの理由で、過去に酷く人間不信……特に女性不信を拗らせていた時期があるのは、幼馴染である素似合や五月だけでなく、中等部からの付き合いである伽耶も知っていた。
故に、そうなのかも知れないと思い、五月と伽耶も特に言葉を返さない。
「まだ時々、女の子相手に口の方が暴走する時があるとはいえ、相当にマシにはなってきたから、そう遠くない内に彼女の一人くらい出来ても、おかしくは無いと思うけど」
すると、今度は先程とは違い、五月が反論の為に口を開く。
「それは無いんじゃないの? 女性不信が治ったところで、彼女になりそうな相手が、慧夢にいる訳じゃないんだし」
「――どうかな? あいつ目付きは悪いけど見た目が悪い訳じゃないし、口は悪いけど性格が悪い訳じゃないから、意外と僕等が知らない所で、色んなフラグ立ててたりするのかもよ」
「死亡フラグならともかく、恋愛関連のフラグを慧夢が立ててる光景は、想像で……」
五月が口にしようとした、「想像出来ない」という言葉は、突然の轟音に掻き消される。
ガードレールの向こうの車道を、かなり喧しい音を立てながら、一台の車が通り過ぎたのだ。
「エンジン音、五月蝿い車だな。街乗りの自動車に、あんなハイパワーなエンジン要らないだろうに」
走り去って行く車に目をやりながらの、不愉快さを隠さない伽耶の言葉。
「街乗りじゃなくて軍用だから、確かに街中で走られると五月蝿いね、ハンヴィーは」
ミリタリー系のゲームなどに出て来た為、素似合は五月蝿い車が、ハンヴィーという軍用車両なのを知っていた。
「軍用なのか、道理で……迷彩塗装な訳だ。まぁ、ジャングルならともかく、むしろ街中じゃ目立ってるけど」
進行方向にある十字路で左折したハンヴィーを見ながら、伽耶は感想を口にする。
「最近、たまに見かけるな、あの迷彩塗装のハンヴィー。嫌いじゃ無いけど、街中で乗り回すのは、正直間抜けだよね」
五月の微妙に刺のある言葉に、素似合と伽耶は頷く。
そして、その間抜けな運転手が、どんな奴なのかという話題に花を咲かせながら、三人はハンヴィーが左折した十字路に辿り着く。
既に遠くまで走り去っただろうと思いながらも、三人は申し合わせた様に左折路に目をやる。
すると、走り去っていなかったハンヴィーの姿を、三人の視界は捉えてしまう。
十字路を左折すると、近くに小さなコインパーキングがある。
そのコインパーキングに、ハンヴィーは駐車していたのだ。
ハンヴィーのドアを開けて、運転手が姿を現していた。
グレーのマニッシュなサマースーツに、白いブラウスという出で立ちの、黒いビジネスバッグを左手で提げている、背の高い女である。
「――女だ」
運転手は男だと思い込んでいた三人の中で、特に目が良い素似合が、意外そうに呟く。
「誰かに似てる気がするけど……」
二十メートルは離れているので、目が良い素似合でも、はっきりと顔が視認出来る訳では無い。
ただ、素似合には何となく、そんな気がしたのだ。
女は左折したばかりの十字路の方……つまり三人がいる方向に歩いて来たので、知り合いでも無い他人を、三人も立ち止まって眺め続ける訳にもいかない。
三人は女から目線を慌てて外すと、進行方向に向かって歩き出す。