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150 今日は帰りに、慧夢ん家に寄ろうって、昼休みに素似合と約束したんですよ。あいつが何日も学校休むとか珍しいから、様子見に行こうって話になって

 高炉の中で溶けた銑鉄の様な色合いの夕陽が、空と街並を焼け爛れさせている。

 企業や学校の建物が、家路につく人々を吐き出す時間帯を、川神市は迎えていた。


 朱に染まる川神学園も、生徒達や職員達が校門を通って、家路に向い始めている。

 その中の一人が、黒いシティサイクルを手で押している、白いブラウスに黒のパンツという出で立ちの、伽耶である。


 伽耶は自転車通勤なのだが、校門付近は生徒が多いので、自転車は乗らずに手で押しているのだ。


「当摩先生、さよーならー!」


「気をつけて帰れよ!」


 声をかけてくる見知った生徒達に言葉を返しつつ、校門に近付く伽耶の目に、校門付近に立っている一人の生徒の姿が映る。

 校門付近には、一緒に帰る相手を待っている生徒達が、何人もたむろっているのだが、その中の一人が担任を受け持つクラスの生徒だったのだ。


 校門近くの植木の前で、やや不機嫌そうにスマートフォンを弄っていた、夏用のセーラー服に身を包んでいる少女に、伽耶は声をかける。


「拝島……まだ帰ってなかったのか!」


 その少女は伽耶にとっては、担任を務めるクラスの生徒というだけではない。

 少し前まで小規模部活棟の監督者として、同じ教室で時間を過ごしていた生徒……五月である。


 声をかけてきた伽耶に気付き、五月はスマートフォンから伽耶に目線を移す。


じょバスが終らないんで」


「ああ、安良城を待ってるのか」


 五月が素似合を待っているのだと、素似合の名を出さずとも、伽耶は気付く。

 伽耶は立ち止まり、五月と立ち話を始める。


「試合が近いから、女子バスケ部は終るの遅いだろ。小規模部活棟の連中と帰れば良かったのに」


 素似合だけでなく、BLM研究部や慧夢などの、小規模部活棟の生徒達と共に、五月が帰宅する事が多いのを、伽耶は知っていた。


「今日は帰りに、慧夢んに寄ろうって、昼休みに素似合と約束したんですよ。あいつが何日も学校休むとか珍しいから、様子見に行こうって話になって」


 先週の金曜日以降、学校を休み続けている慧夢を見舞おうと、五月は昼休みに素似合と決めていたのだ。

 だから、BLM研究部などの小規模部活棟の生徒達とは帰らず、素似合を待っていたのである。


「夢占の家に行くのか!」


 驚きの声を上げた後、伽耶は少しだけ目線を泳がせ、色々と考えを巡らせてから、目線を五月に戻して口を開く。


「――だったら、私も一緒に見舞いに行こうかな。担任としても、何日も休み続けてる生徒の様子は、気になるから」


「それなら、先生は慧夢よりも、籠宮んに行った方が良いんじゃ? 籠宮の方が、長く休んでるわけだし」


「籠宮の家にも、何度か行こうとしたんだ。でも、電話でアポ取ろうとしたら、ご両親も殆ど病院の方にいて、病院の方も立て込んでいるらしく、教師の家庭訪問や見舞いを受けるどころじゃないらしくてな」


「籠宮の状態、悪いんですかね?」


「――電話で聞いた分では、身体に問題は一切無いらしい。ただ……」


「眠ったまま、目覚めないと?」


 五月の問いに、伽耶は頷く。


「やっぱり、噂通りに永眠病なのかも……」


 心配そうに目を伏せながら、五月は呟く。

 仲が悪い相手でも、最終的には死ぬという噂の、永眠病を患っているかもしれないと考えると、五月は良い気分はしないのだ。


「只の噂だろ、あれは。チルドニュクスとかいうのは、ただの小麦粉……」


 伽耶が言い終わる前に、体育館がある方向から、快活そうな大声が響いて来て、伽耶の声を掻き消してしまう。


「悪いね遅れて! 対抗戦前だから練習がハードで……って、先生!」


 五月と伽耶の方に向かって走って来た素似合が、五月の近くにいたのが伽耶であるのに気付きながら立ち止まる。

 そのまま素似合は、伽耶に問いかける。


「――ひょっとして、先生も慧夢の見舞いに?」


「お前達と一緒に行く事にした。まぁ、担任として気になるからな」


「担任として……だけですかぁ?」


 おどけた風ではあるが、それだけが理由では無いのではないかと言わんばかりの、意味有り気な表情と口調で、素似合は伽耶に問いかける。


「それだけに決まってるだろ、変な勘繰りは止せ!」


 強い口調で伽耶は言い切るが、信じていなさそうな笑みを浮かべて、素似合は話題を切り替える。


「じゃ、少し遅れたけど……行くとしますか」


 校門近くの植え込みの前から、素似合は校門に向かって歩き出す。


「遅れたの、あんたのせいだろ! 仕切んなよ!」


 文句を口にしながら、素似合に続いて校門に向う五月と共に、伽耶も自転車を押しながら移動を開始。

 三人は校門を出て左折、市の南側の住宅街がある方向に向かって、夕陽のに染まる景色の中を歩いて行く。



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