149 情報を集めていたのは、志月の夢の中に入り、永眠病という問題を解決して、志月を助ける為?
兎に角、ロイヤルホステスでの会話から、志月がチルドニュクスを飲み、永眠病状態にあるのを、慧夢が知っていたのは、志津子には分かっていた。
「――今になって考えてみると、あの時の夢占君は……永眠病や志月について私が話す様に、会話を誘導していた感じだった。私から永眠病や志月の情報を、引き出そうとしていたみたいに……」
続いて、志津子は夢の内容自体について、思い出しつつ考える。
「夢の方も、志月の病状について、私の部屋で兄さんと話した後、部屋に戻ったら夢占君がいたんだ。つまり、夢占君は兄さんと私の話を、部屋で盗み聞きしていた訳よね……」
慧夢が夢に入る霊力を持つ者だという前提で、ロイヤルホステスでの会話や、慧夢が出て来た夢の内容を、志津子は考え直してみる。
そこまで条件と情報が揃ってしまえば、慧夢の一連の言動の狙いに気付けない程、志津子は愚かでは無い。
「情報を集めてたんだ、志月と……病状に関して」
志津子の目が、先ほど目にしたばかりの、最後の画像に載っている一文に、吸い寄せられる。
記事の、「夢占の夢占い師なら夢の中に入り、その問題を解決してくれるかもしれないのだから」という、一文に。
「情報を集めていたのは、志月の夢の中に入り、永眠病という問題を解決して、志月を助ける為?」
志月が永眠病になったという噂を聞いた、クラスメートである慧夢は、偶然にも夢占流の霊力を受け継ぐ者だった。
永眠病患者を救う何らかの目算がある慧夢は、それを実行するのに必要な情報を調べ回っていた。
その過程で、籠宮総合病院付近にも近付く必要があり、偶然にも大志の事故を発見し、志津子自身と知り合う事になった……という流れだと、志津子は考えたのだ。
志津子の考えは、ほぼ正鵠を射ていた。
「――だとしたら、あの後……夢占君は、志月の夢の中に入ったの?」
情報を集めた上で、慧夢がどうしたのか、どうなっているのかについての疑問が、次々と志津子の頭に浮かんで来る。
「いや、でも……志月が目覚めていないという事は、必要な情報が手に入らず、夢の中に入らなかったのかも? それとも、夢の中に入ったけど、上手く行っていないとか?」
志津子は浮かんだ疑問について、色々と考えてみるが、情報が少な過ぎるので、答など出る訳が無い。
そして、疑問の答に対する興味は、志津子の心の中で、次第に大きく膨らんで行く。
自分の姪にして患者でもある志月の命が、救われる可能性に深く関わるかもしれない事なのだから、そうなるのは無理は無い。
抑え難い程に、その興味が膨らんでしまった志津子は、その答を知る為の行動を起こそうと決意。
「こうなったら、夢占君に会いに行って、直接訊くしかないよね」
今の志津子は慧夢を、割としたたかな相手だと認識していた。
食事の時、さり気なく会話の流れを誘導して、自分から情報を引き出した点などから。
そして、慧夢が夢に入れる能力について、一言も口に出さなかった事などから、慧夢が夢占流の霊力について、隠しているだろうと察していた。
記事の「夢占流は鳴りを潜めてる」という記述からも、夢占流が現代的な社会となって以降、能力を隠す様になったのではないかと、志津子は考えた。
故に、電話などで訊いても、はぐらかされる可能性が高いと、志津子は判断。
奇譚タイムズの記事などを突き付けた上で、慧夢を問い質し、その表情などの反応を見た方がいいと、志津子は思ったのである。
食事の時は姪と同年代の少年であった為、志津子は油断していたので、慧夢の隠された狙いを、見抜き損なってしまった。
だが、心理学を学んだ精神科の医師でもある志津子には、本気でかかれば慧夢の反応から嘘を見抜いて、はぐらかされない自信があった。
慧夢に会いに行く意志を固めた志津子は、壁の時計に目をやる。
スマートフォンでも時間の確認は出来るのだが、今後の予定について大雑把に考えるなら、壁掛けのアナログ時計の方が良いと、志津子が考えたからだ。
時計の針は、昼になろうとする時刻であるのを示していた。
「――夢占君、今は学校にいる時間かな?」
志津子は夢芝居という能力の詳細は知らないし、永眠病の夢……黒き夢に入ると、夢の主が目覚めるまで、夢芝居能力者が夢から出られない事などを知らない。
慧夢が志月の夢に入った場合、入りっ放しになっているのを知らないのだ。
故に、慧夢が眠ったままであるのを知らず、日中は学校に通っているのだろうと、志津子は思っている。
「部活があるかも知れないし、夕方……六時過ぎ辺りがいいかも。その頃なら、私も勤務時間外だし」
志月が入院して以降、決まった勤務時間など無いに等しい、オーバーワーク状態なのだが、志月の一応の正式な勤務時間は、午後五時であった。
無論、志月の事があるので、休みを取った後の夜間も、時間外勤務が事実上続くのだが。
「お礼の為に買っておいたゲームソフトも、渡しそびれてたし、そういう意味でも夢占君に会いに行かないと駄目だよね」
大志を助けて貰った事への、ちゃんとした礼のつもりで、志津子はゲームソフトを買っていたのだ。
車中での雑談で出て来た、慧夢が好むと思われるジャンルのゲームソフトを。
暇を見付けて渡しに行くつもりだったのだが、多忙を極めていた為、ゲームソフトはプレゼント用の包装が為されたまま、部屋の棚に放置されていたのである。
自分用に購入した、同じゲームソフトと共に。
「午後の勤務時間が終ったら、この画像を印刷して……夢占君の家に行こう」
志津子はスマートフォンのスケジュール管理アプリを起動し、午後のスケジュールに、慧夢の家への訪問と、それに伴う作業を追加。
更に、時計のアプリを起動すると、アラームを一時間後にセット。
そして、椅子の様に利用していたベッドに横たわり、スマートフォンを枕元に置くと、志津子は瞼を閉じる。
元々、疲労と睡眠不足が溜まっていたので、睡魔は駆け足で志津子の元を訪れた。
程無く志津子は、気持ち良さ気に寝息を立て始めた……。
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