143 傲慢……かもしれないな。でも、死にたくも無いのに死んでしまった俺から見れば、生きていけるのに自ら死のうとする連中の方が、遥かに傲慢だ
「志月、お前は……誰かが自殺しようとしている場面に出くわしたら、どうする? 例えば、校舎の屋上に行ったら、誰かが飛び降り自殺しようとしていた……みたいな感じで」
陽志の問いに、志月は答を返せずに俯く。
自殺を止めるというのが、人間のモラルとしては正しいというのは、志月には分かっているし、以前なら迷わずに助けると答えられただろう。
だが、自身が自殺を望んでしまった今では、むしろ死のうとしている人間の意志の方を、志月は尊重したいと思うのだ。
でも、その答がモラル上は間違っていると分かっているので、真面目な志月としては、答え辛いのである。
「――今のお前みたいに、自殺したい側の人間の場合は、死のうとしてる人間の意志を尊重して、助けないで本人の意志に任せるとか、答えるのかもしれないな」
志月の思考を見透かしたかの様な言葉を、陽志は口にする。
「でも、俺は助けるよ。本人が死にたがっていようが、そんな意志なんか無視して助ける。俺だけじゃない、普通の人間なら大抵助けるだろう」
「――傲慢だね」
「傲慢……かもしれないな。でも、死にたくも無いのに死んでしまった俺から見れば、生きていけるのに自ら死のうとする連中の方が、遥かに傲慢だ」
熱っぽい口調で、陽志は志月に訴え続ける。
「同じ傲慢なら。死にたい人間に生きろと言う傲慢さの方が、自分の命だから自分の好きにすると、大事な命を捨て去ろうとする傲慢さより、遥かに好感が持てる。俺にはもう手に入らない、命という宝の大事さを、理解できているからこその傲慢さだからな」
陽志の語気は、押し殺し切れない悲しさと怒りを帯びている。
自分が既に大事な命を失ってしまった悲しみと、その命を自ら捨て去ろうとする者への怒りだ。
そんな感情が語気に現れたのを自覚したのか、陽志は一度自分を落ち着かせるかの様に目を伏せ、大きく息をしてから、志月に問いかける。
「――夢占君は、自殺とかしそうなタイプかな?」
志月は首を振って、陽志の問いかけを否定する。
「だとしたら夢占君は、俺が好感が持てる方の傲慢さの持ち主……つまり、普通の人間である可能性が高いだろう。そんな彼が、クラスメートが永眠病で死のうとしている噂を聞いたら、どうすると思う?」
問いかけられた志月は、一つの答えを思い浮かべるが、その答えは志月にとって認めたく無いものだった。
故に、志月は目線を逸らし、答を返さない。
「助けようとするに決まっているじゃないか」
答えようとしない志月に代わり、陽志は自ら答を口にしてしまう。
「夢占君が、お前の命を助けようとしていると、俺が考えている理由は、まぁ……そんなところだ」
理由を語り終えた陽志の表情は、自信有り気だ。
そんな表情のまま、陽志は話を続ける。
「命を大事にするという意味では、夢占君は普通の人間だが、人の夢に入り込める能力を持っているという意味では、普通ではない……人を超えた人間、超人と言っていい」
「夢占君が、超人……」
「そんな超人である夢占君が、志月を助ける為に、夢の中に入って来ているのは、助けられる目算があるからこそだろう。彼は知ってるんだよ、この夢から志月が覚める方法を」
「――単に興味本位で覗きに来たり、嫌がらせをしに来ただけで、何も知らないんじゃないかな? 私や兄さんに、斧で襲い掛かったりもしたんだし……」
慧夢が自分を助けに来たなどという話は信じ難いし、この夢から覚める方法が存在し、それを慧夢が知っているのは、志月としては都合が悪い。
それ故、そんな言葉を志月は口にする。
「覗きや嫌がらせが目的というのは、無いと思うんだがね。覗きや嫌がらせが目的だとしたら、不自然過ぎる行動を、夢占君は取っているんで」
「どうして、そう思うの?」
「――夢占君が志月の部屋で、木刀を切断しようとしていたのを見たからさ」
「木刀って……私の部屋に置いてある奴? そういえば兄さん、夢占君と木刀で殴り合ったって言ってたよね?」
志月の問いに、陽志は頷く。
「俺が持っていた木刀は、玄関にあった奴だが、夢占君が持っていたのは、志月の部屋にあった、彼が切断しようとしてた奴だったんだ。だから、すぐに折れたんだよ」
殴り合った際、慧夢の木刀だけが折れた理由を、陽志は察していた。
「しかも、折れた木刀が元に戻った時、失望した様子ではあったが、夢占君に驚いた様子は無かった。つまり、木刀が元に戻り得るのが分かった上で、夢占君は木刀を切断しようとしていた訳さ」
「――だから、何なの?」
「夢占君が志月に嫌がらせをするつもりなら、志月が見ていない状況で、元に戻ると分かっている物を壊すかね?」
「それは……」
志月本人が見ていない状況で、元に戻る物を壊しても、志月は壊された事に気付きようが無い。
確かに、嫌がらせというには、慧夢の行動は意味が無さ過ぎると、志月も気付いたので、答を言い淀んだのだ。