142 自分が死霊になって、人の夢の中に入ってる状態になってるんだぜ。こうなったら、さすがに信じるしかないだろ
「もしも夢占君が、志月がチルドニュクスを飲んで眠った後に死んで、人の夢に入る様になったなら、その経験値は俺と殆ど変わらない筈。あんなに慣れている訳が無い」
「――つまり、私がチルドニュクスを飲む前から、夢占君は他人の夢の中に、生霊となって入り続けていたって、兄さんは思ってるの?」
志月の問いに、陽志は頷く。
「荒唐無稽な話になるが、多分……夢占君は生霊になり、人の夢の中に入る特殊能力の持ち主なんだろう。一種の超能力者……いや、霊能力者というべきか」
「霊能力者って……兄さん、オカルトとか信じないタイプだったよね?」
「自分が死霊になって、人の夢の中に入ってる状態になってるんだぜ。こうなったら、さすがに信じるしかないだろ」
おどけた風に肩を竦めてみせながら、陽志は自嘲気味に志月の問いに答える。
陽志は生前、オカルトの類は完全に否定していたタイプだった。
でも、自分が死後に死霊となってしまった為、オカルトの存在は否定しようが無い現実となってしまった。
故に、陽志は思考を柔軟に切り替えて、オカルト的なものが存在する前提で、慧夢がどんな存在なのかを推理してみたのである。
その推理は、ほぼ正鵠を射ていた。
(――夢占君の噂について知らなくても、そこまで分かっちゃうんだ兄さんは。頭が良いのは知ってたけど、流石だな)
志月は陽志の推理力高さに、心の中で舌を巻く。
この夢の中にいる慧夢が、本物の生霊であるという事や、慧夢は人の夢の中に生霊となって入る能力を持ち、以前から人の夢に入り続けてきた特殊能力者だという、陽志の一連の推測や推理の殆どは、志月にも納得がいくものだった。
でも、一つだけ……志月には陽志の話に、納得がいかない点があった。
その納得がいかない点について、志月は陽志に訊ねる。
「夢占君が、そんな特殊能力の持ち主で、私の夢に生霊になって入って来ているのが、仮に事実だとしても、だからと言って……その前の話は、納得が行かないんだけど」
「その前の話?」
「夢占君が、私の命を助けようとしているって話」
慧夢が本物の生霊であり(夢占流では幽体という言葉で表現しているのだが)、人の夢に入り慣れた特殊能力者らしいという陽志の推論は、慧夢が志月を助けようとしているという、陽志の話から派生していた。
脇道に逸れていた話を、志月は元の道に戻したのだ。
「ああ、それなら……簡単な話さ。今の話とも無関係じゃないし」
陽志は事も無げに、そう言い放つ。
「志月、お前はチルドニュクスを飲む前に、チルドニュクスを買って飲むというメッセージを、絵里ちゃんに送っていたよな?」
夢占家を良く訪れる絵里は、陽志とは顔見知りだ。
死霊となって夢占家などを漂っていた時、志月が絵里とメッセージのやり取りをしていたのを、陽志は見て知っていた。
「送っていたけど……それが、どうかした?」
「お前がチルドニュクスを飲んだ事を、絵里ちゃんは知っている。その後……お前が何日も学校を休み続けたとしたら、絵里ちゃんはどうすると思う?」
「――絵里は私との秘密、誰かに喋る様な子じゃないよ」
口止めをした訳ではないが、二人で交わしたメッセージの内容を秘するのは、二人にとっては当たり前の事と言えた。
「普通なら、そうだろう」
志月の言葉に、陽志は同意する。
「でも絵里ちゃんは普通では、いられなかったと思うよ。お前がチルドニュクスを飲んで、永眠病になったのかもしれないって秘密を、一人で抱えていたんだろうし」
陽志に指摘されて志月は気付く、そんな秘密を親友一人に、自分が抱え込ませてしまった事に。
絵里が普通の状態では、いられなかっただろう事にも。
「親友が今……永眠病で死ぬかもしれないという不安を、一人で抱え切れなくなった絵里ちゃんは、誰かに相談しただろうさ」
その可能性は高いのかもしれないと思ったので、志月は口を挟まない。
「その相手は絵里ちゃんじゃないから、口止めしても誰かに漏れてしまい、お前が永眠病になったかもしれない事は、学校で噂として広まってしまった可能性もある。その噂は当然、夢占君も耳にした可能性が高いだろう」
実際は、志月が永眠病になったかもしれないという噂の出所は様々であり、絵里ではなかったのだ。
絵里は志月がチルドニュクスを飲んだ事を、夢に慧夢が出て来た経緯もあって話した慧夢を除き、他の誰にも話してはいなかった。
絵里に秘密を打ち明けられた慧夢も、誰にも漏らしてはいない為、絵里は噂の出所とは言えない。
そういう意味で、この点に関しては陽志は完全に的を外していた。
もっとも、陽志にとって重要なのは、志月が永眠病を患ったという噂話……つまり情報を、慧夢が知った事自体。
知った経緯自体は、特に重要ではなかった。