141 詐欺師に騙された事に気付いた時の気分って、きっとこんな感じなんだろうなって思ったよ
「俺は夢占君の事を、最初は俺と同じ……本物の死霊だと考えた。でも、良く考えてみると、彼は俺が死んだ事に関する記憶が封印されていなかったりと、俺とは明らかに違う部分があるから、死霊とは微妙に違う気がしていたんだが……」
陽志は志月の発言を思い出しつつ、話を続ける。
「さっきお前が『夢占君は死んでない』と言ったのを聞いて、ようやく確信が持てた。彼は死霊では無く、生きたまま身体から霊が離れている……生霊だ」
「夢占君が、生霊?」
志月の問いに、陽志は頷く。
「多分だが、チルドニュクスが見せる夢は、夢の中に死霊が紛れ込んで来た場合には、その死霊が持つ都合の悪い記憶を封じられるが、生霊の記憶は封じられないんだろう」
陽志の推測通り、チルドニュクスが影響を与える夢世界は、夢の主が夢を楽しむ為には不要と思われる記憶を、封じる機能を持つ。
嫌な記憶を忘れて、夢を楽しみたい夢の主だけでなく、夢世界に紛れ込んで来た死霊にまでも、その効果は及ぶ。
だが、記憶を封じられたいと望まない上、身体との繋がりがある幽体(陽志の言う生霊は、夢占流が幽体と表現しているものと同じ)に、その機能は通用しない。
陽志の推測は、大よそ正しいといえる。
「だから、お前と顔見知りのクラスメートで、俺が交通事故で死んだ事を知っていた夢占君は、その記憶を持ったまま、夢の中にいるんじゃないかな」
ここで陽志は一呼吸を置いて、別の可能性について話を始める。
「無論、生霊で無い可能性もある。お前が眠りに就いた後に、夢占君が死んで死霊になり、夢の中に入って来た可能性もね。この場合は俺と同じケースになるので、彼の記憶が封じられていない理由は、俺には分からない」
(――多分、生霊の方が正解なんだろうな)
志月は慧夢が夢の中に入れる能力を持っているという噂が、ただの噂ではなく真実だと思う様になっていた。
故に、自分が眠りに就いてからの短い日数の間に、慧夢が死んで死霊となった可能性より、生きたまま能力を使って、陽志の言う所の生霊……幽体として自分の夢に入り込んで来た可能性の方が高いと、志月は考えたのである。
「まぁ、十中八九……生霊で間違い無いとは思うがね」
慧夢に関する噂を知らない筈なのに、そう言い切れる陽志が不思議だったので、志月は理由を訊ねてみる。
「何で、そう思うの?」
「夢占君は他人の夢の中での行動に、明らかに慣れている感じだったからさ」
陽志は慧夢の言動を思い浮かべつつ、そう考える理由を志月に説明する。
「二度目に出会った時、お前の部屋を荒らしていた彼を見つけた俺は、木刀で殴り合う羽目になったんだが……」
自分の部屋を慧夢が荒らしていたと知り、志月は不愉快そうに顔を顰めるが、黙って話に耳を傾け続ける。
「その時……彼の木刀は折れてしまい、圧倒的に俺が有利な状況になったんだ」
木刀を構える素振りをして見せつつ、陽志は話を続ける。
「でも、あっさりと彼は自分が不利な状況をひっくり返し、俺の前から逃げ去ってしまった」
「――どうやって?」
「この世界は……俺がいるのは、妹の夢の中なんだという真実を教えたのさ。俺が既に交通事故で死んでいる事もね」
志月は陽志の話を聞いて、はっとした様な表情を浮かべる。
志月自身も同様の手を使われ、酷く衝撃を受けた隙を突かれ、左手を斬り落とされたのを思い出したのだ。
その時の痛みと衝撃を思い出し、志月は思わず左手首を右手で押える。
「あの時、俺は自分を見失う程のショックを受けたよ、急に足元が崩れて消え去って、自分がどこに立っているのかすら分からなくなる様な、不安な感じ……」
嫌な記憶なので、思い出しただけなのに、陽志の表情が僅かに曇る。
「詐欺師に騙された事に気付いた時の気分って、きっとこんな感じなんだろうなって思ったよ」
自分の夢が詐欺に例えられた気がしたのは、少しだけ不愉快だったのだが、志月自身も同様の目に遭っていた為、陽志の語る衝撃や不安な感じが、良く理解出来た。
「夢の中にいる本物の人間は、この世界が夢である現実を突きつけると、ショックの余り茫然自失状態になり、隙だらけになるんだと思う。その事を彼は知っていた上で、不利な状況に陥った際、俺に現実を突きつけて、不利な状況をひっくり返すのに利用したのさ」
志月自身にも覚えがある経験なので、陽志の話には納得するばかりだった。
「咄嗟にああいう真似が出来るのは、自分以外の夢の中での行動に、夢占君が慣れていたからこそだ。知識が有るだけの人間じゃあ、咄嗟に上手く対処は出来ずに、焦って下手を打つものだからね」
自分以外の人間の夢に入るという意味では、初心者である陽志は、慧夢の一連の行動……特に木刀が折れた後の慧夢の対処を、後から冷静に分析してみた。
その結果、初心者である自分とは、明らかに夢の中での行動への慣れに、差が有り過ぎると感じたのだ。
夢が作り出した偽物ではなく、陽志が本物の死霊だという事を、慧夢は予め見抜いていた。
しかも、本物だからこそ通じる、隙を突く為の対応策までも持っていて、ベストといえるタイミングで使った慧夢は、初心者といえる陽志からすれば、ベテランの域に達している様に思えた。