140 ――志月、お前……まだ気付いてないのか?
「やっぱり、お前も……あの目付きの悪い奴の事、知ってたんだな。夢占君というのか」
予想通りだと言わんばかりの口調で、陽志は言葉を続ける。
「彼は……いや、夢占君は明らかに、お前の事を知っているとしか思えない言動を取っていたから、お前とは顔見知りだと思っていたんだ」
図星だった志月は、自分の迂闊さを悔やみつつ、陽志から目線を逸らす。
「夢占君の服装は、確か川神学園高等部の制服だったから、学校の友達ってとこだろう。違うか?」
「――友達じゃないよ。クラスが同じなだけの、ただのクラスメート」
慧夢を友達扱いされるのが嫌だったので、志月は不愉快そうに顔を顰めつつ答えるが、即座に言い直す。
「ただのというよりは、相性が悪い……クラスメートかな」
「嫌い? 仲……悪いのか?」
意外そうな顔での陽志の問いかけに、志月は大きく頷く。
「目付きだけじゃなくて、口も悪いし性格も悪いから……夢占君」
「そうかねぇ? 目付きや口は悪いのかもしれないが、性格が悪い奴だとは、俺には思えないんだが」
陽志が意外かつ認め難い発言をしたので、志月は不満そうに問い質す。
「夢占君の性格が悪く無いって……何でそんな風に思うの?」
「そりゃ、仲が悪い相手だろうが、命を助けようとしている奴を、性格悪いとは思えないだろ」
「夢占君が、私の命を助けようとしてる? 有り得ないよ、そんな事!」
志月は語気を強めて、陽志の言葉を否定する。
「さっきだって、斧で私に襲い掛かって、左手を斬り落としたんだよ! 助けようとしてる相手に襲い掛かって、斧で手を斬り落すと思う?」
既に元通りになっているが、少し前に慧夢に斬られた左手首を、右手で指差しながら、志月は陽志への反論を続ける。
「現実世界の……本物の夢占君も性格悪かったけど、流石に斧で人に斬りかかったりする程、酷くは無かったよ! 本物よりも気が違ってる、夢が作った夢占君が、私を助けようとしてる訳が無いじゃない!」
夢世界で自分を襲った慧夢が、本物の慧夢ではないという前提で話す志月を見て、陽志は意外そうな顔で問いかける。
「――志月、お前……まだ気付いてないのか?」
「気付いてって、何に?」
「この夢の中にいる夢占君が、お前の夢が作った奴じゃなくて、本物だって事にだよ」
当たり前の様に言い放つ陽志の言葉を耳にして、志月は呆気に取られてしまう。
「チルドニュクスは、お前が楽しめる夢を見せるんだろ? だとしたら、お前の夢が作った夢占君は、お前が楽しめない様な酷い真似を、する訳がないんじゃないか?」
自分が死霊となり、志月の夢世界にいるという自覚を持って以降、陽志は様々な事について考えた。
慧夢が何者であり、何を目的としているのかについても、陽志は考え続けていたのだ。
「少しくらい、お前を不愉快にする程度の事なら、ミスやイレギュラーとして、やってしまう場合があるかもしれない。でも、俺と一緒に過ごす夢を楽しみたがっている、お前を楽しませる筈の夢が、俺を斬殺する人間を作り出すと思うか? しかも、お前の手首まで斬り落とす様な真似まで……」
陽志の問いに、志月は返事をせずに、俯いて考え込む。
志月自身も、慧夢の一連の言動……自分を楽しませようとするどころか、不快にさせる言動をとっていた慧夢に、違和感を覚えたり、疑問を抱いたりはしていたのだ。
「――いや、でも……夢占君は死んでないから、兄さんみたいに死霊になって、私の夢の中に入って来る訳なんて……」
そこまで呟いた志月の頭に、慧夢に関する噂話が甦る。
慧夢が他人の夢の中に入る能力を持つという、五月が広めている噂話が。
「案外、拝島さんが良く言っていた様に、夢占君は他人の夢の中に入る能力の持ち主で、君は私の夢に入って来た、本物の夢占君だったりするのかもね」
志月自身、自分が夢を見ていると自覚した直後、そんな冗談を口にはしていたが、本気で思っていた訳では無かった。
現実世界で相性が悪いと考えている慧夢を、夢が少しやり過ぎな形で再現してしまい、行き過ぎた行動に出ただけだと思い込んでいた。
何故なら、夢の世界に本物の誰かが入り込んでいるなどという話は、その時の志月には信じ難かったからである。
元々、五月の話など信じてはいなかったし、チルドニュクスの説明書も、他人が自分の夢に入って来る可能性については、触れていなかったので。
だが、決して相性が悪い筈が無い相手……陽志が、「夢から覚めるんだ!」と自分に言い放ったのを聞いて、志月の思考の状況が変化した。
志月は自分の夢の中に、本物の他者が入り込んでいる現実を、信じるに至ったのだ。
故に、チルドニュクスが見せる筈の夢の方向性とは、かけ離れ過ぎた言動を取る慧夢が、本物の慧夢なのだと陽志に指摘されると、それが事実なのではないかと、今の志月には思えてしまうのである。
方向性こそ違うが、陽志同様に志月の望み通りには動かない慧夢は、陽志同様に夢の中に紛れ込んだ、本物なのではないかと。
志月の表情の変化から、慧夢が本物であると志月も判断した事を察し、陽志は話を進める。